残念少女は今ドキ王子に興味ありません

にじゅうなな

 えっ、いや、ちょっと、待って?
 師匠って、ええっっ?!

 プチパニックに陥る私の前で、大地が顔を顰める。

「なんだよ、そんなでけー声出して。」
「お、男…?」
「あ?」
「え、いや、あの…あのコ―――、男…だったの?」

 そう言った途端、大地が目を見開き、次の瞬間すごい勢いで吹き出した。

「何、オマエ、シノを女だと思ってたのか?」
「や、だって、小っちゃかったし、すごいキレーな顔…」
「シズル。」

 ポンと大地が肩に手を置く。

「それ、シノには禁句だから。」

 あ、はい…
 酷く真面目な顔で言われて、コクコクと頷くと、大地が気が抜けたように顔を伏せて、はーっと大きく息を吐いた。

「はー、でもなんだ、そっか、そういう事かぁ…」

 そういう事ってどういう事?
 首を傾げる私の横で、大地が顔を上げた。

「公園って、あれ?」

 顎で指されて頷くと、不意に大地が私の手を掴んだ。
 呆気にとられる私を、半ば引っ張るように歩き出す。

「え、ちょっと待って」
 
 何で、手?
 引き抜こうと思うのに、意外に力が強い。
 気付いた大地が、歩きながらこっちを向いて笑った。

「弱え。」
「は?何言ってんのよ、離して。」
「やだね。また逃げられたら困る。」
「別に逃げてないし。」
「無視した。」
「そっ」

 んな事してない―――と言おうとして、ハタと気付く。
 いや、した?したかも?
 イヤホンしてた、ね。あの時。でも、

「けっこー、傷付いた。」
「はい?」

 その言葉にカチンときた。

「何言ってんの?アンタがそれ言う?」

 強く引っ張るようにして立ち止まると、大地も流石に止まって振り向いた。上目遣いに睨み付けると、気まずそうに視線を彷徨わせてから、息をつく。

「悪かったよ。マジで、反省してる。」
「大地「待って、ちょっと、最後まで聞いて。」」

 そう言って大地が自転車から手を離す。
 ガシャン、と音を立てて自転車が倒れたのに気を取られた瞬間、もう片方の手まで摑まれた。

「ゴメン―――」

 呟くように言って、大地が大きく息を吐いた。
 視線を下に落としたまま、ぎゅっと、更に強く手を握りしめてくる。

「悔しかったんだよ。すっげー、悔しかった。だってずっと一緒にやってて、対等だって、ずっと思ってたのに、何でオマエだけって。だから、河田のかーちゃんが“女の子だからだ”っていうの丸呑みにして、じゃあしょーがないって…」

 一息で言い切った大地が顔を上げた。
 自嘲気味に―――それこそ今までに見た事が無い顔で笑う。

「アホだよな~、俺知ってたのに。オマエのアシストが抜群だったのも、練習終わった後でも一人で練習してたのもさ。」

 その言葉に目を見開いた。

 知ってた?今、そう言った?
 ううん、それよりも、さっき大地はなんて言った?
 私と、“対等”だ―――って?

 伺うように見つめ返すと、大地が目を伏せて、それからぎゅっと眉を寄せた。

「シノがさ、言ったんだよ。去年、すげー上手んなってたのになんでって。もったいないって。そんなん俺だって思ったのに、しかも何で他小のヤツにって、思ったら何か腹立って。オマケにアイツ、オマエが上手くなったの、自分の手柄みたいに言うし。」
「え、イヤ、それは…」
「うん、女だって思ってたからなんだろ。でも、そん時はわかんなかったし、大体、俺には男にしか見えなかったから、何でってなるじゃん?聞こうと思っても、もう辞めてたし、オマエ近くに行くと俺の事スゲー睨むから。」
「それはだって「チョコの事もさ」」

 大地が遮るように言いながら、握った手を引き寄せる。

「俺、全員分なんて頼んでなかっただろ?」

 ん?どういう意味?
 顔を覗き込むようにしながら、首をかしげる大地にはてなマークが浮かぶ。

「でも“ひな”は…」
「俺は“ひな”に頼んで作ってもらってた訳じゃ無い。アイツが勝手に作ってたんだろ。」
「んん?でも、楽しみにしてたんだよね?だから作ってって…」
「2人からだと思ってたからな。」
「だからそれはひなが「だから、ひなの事はどうでもいいんだって!」」

 焦れたように叫んで、大地が一歩近付いた。
 背は少ししか変わらないけど、それでも目線は上にあるから、見下ろされてちょっとだけ圧を感じる。

「悪かったよ。あれは俺がバカだった。アイツらが、オマエにチョコなんか作れる訳ないって言うから、ついムキんなっちまって…」

 そこまで言って、けど、と大地が口許をへの字に歪めた。

「オマエもさ、何であんな皆の前で渡すんだよ?俺1人ん時だったら、あんな事にはならなかったのに。」
「は?や、だって、後でみんなに配るの嫌じゃない?」
「他のヤツになんてやるわけないじゃん?」
「…なんで?」

 ますます意味がわからなくて目を瞬かせながら首を傾げると、大地が目を細めて顔を近づけてきた。

「…逆に、なんでわかんねぇの?」
「え?や、だって…?」

 何か、様子がおかしい?
 大地が視線を下げるのにつられて見ると、大地は掴んだままの私の手をじっと見つめながら、すう―――っと、肌を撫でるように親指の腹を滑らせた。

 その瞬間、ぞわりと肌が粟立った。
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