残念少女は今ドキ王子に興味ありません

Other than ⑤

 タイムカードを押してため息をつく。
 今日も彼女は来なかった。

 前の土日は来ていなかったから、たぶん、この辺りに住んでいる訳じゃないんだろう。
 だから、ゴールデンウィーク中は仕方ない。
 そう思いながら、バイトに励んだ。

 休み中はシフトから外れたがる連中が多いから、朝から一日中働いた。
 家に居てもする事が無いし、今月のバイト代は多いだろう。
 たくさんもらったからといって、使い道も無いけど。

 売れないと仕入れされないから、彼女が来ない日は自分が買って帰った。
 食べてみたけど、美味しいかどうかはよくわからない。甘いのはわかるけど。
 冷蔵庫に放置していたら無くなっていたから、母親が食べているのかもしれない。

 バックヤードから外に出て、手に持った小さな袋を見ながら、またため息をついた。

 今日本部から送られてきた商品情報のファックス。
 新商品や販売終了する商品が一覧になっているそれは、オーナーが分かりやすいようにと、いつもホワイトボードに貼ってある。
 そこに書かれていた今月のカット商品の中に、“それ”があった。

 『黒蜜きなこのわらび餅』 5月29日 販売期間終了



『大好きです!』

 そう言った時の、あの笑顔が蘇る。

 もう飽きたんだろう。
 だから来ないんだろう。
 そう、思うのに。

 でも、もしかしたら。
 なにか事情があって来れないだけかもしれない。
 それなのに、やっと来たら無くなってた、なんて事になったら、彼女はどう思うだろう。

 せめて、販売終了する事だけでも伝えてあげたい、と思った。


 『人探し』と入れて、スマートフォンで検索してみる。
 SNSで呼びかけるのが早い、と出た。

 不特定多数、広範囲に呼び掛ける事が可能。
 只し、探す相手もやっている事が条件。
 昔の友達や、別れた彼女を見つけた―――という文言を見て、何だか気味が悪くなった。
 相手を探すと同時に、自分の情報もダダ漏れになるって事じゃないのかと思うと、全くやる気になれない。
 そう思うのは、自分だけなんだろうか。

 匿名で、限られた範囲内で出来るモノ―――そうしてたどり着いたのが“掲示板”だった。



 ―――探しています


 もう何日会っていないだろう。
 サラリと流れる黒髪。
 白い肌。
 スラリとした姿。

 あの時の、笑顔。

 思い出すだけで何とも言えない気持ちになる。
 何だろう、これは一体、何なんだろう。


 スレッドを立てて間もなく、書き込みがあった。

 ―――市内でセーラーなら、慶祥。


 セーラー服の学校が、その慶祥女学院ぐらいしか無いという事すら、自分は知らなかった。
 その後も次から次へと情報が書き込まれる。
 その事に戦きながらも、知り得た情報で“外苑前”という駅へ向かった。

 駅について辺りを見回す。
 時間は彼女がよく店に来ていた午後4時過ぎ。
 意外に閑散としていて、あのセーラー服も見当たらないことに肩を落とした。

 この駅を―――というよりも、そもそも電車に乗ったのが修学旅行位で、数えるほどしか使った事が無いから、家からの最寄り駅だというのに馴染みが無い。
 とにかく人ごみが苦手だったから、高校は徒歩圏内を受験し、大学も自転車で通える所にした位だ。

 どうしよう、ここで待ってようか?
 でも、ここに来るまでにもう改札の向こうに行ってたら?

 改札まで歩いて行って、そこで立ち止まった。
 そうだ、切符を買わないとここから先へは入れない。
 券売機で入場券を買おうかどうか躊躇って、結局買わずに、改札が見えるベンチに座り、1時間ほど過ごしてから、諦めて駅を出た。

 ―――いない、なぁ。

 ただ、ぼやいただけだった。
 ただ、会いたかっただけだった。
 それなのに、間を置かず、顔も知らない誰かが書き込んだ。

 ―――“外苑”で、見たよ。

 思わず息を呑んだ。
 スマートフォンをポケットに突っ込んで走り出す。
 本を読んでた、と書かれていた。
 今こうしてる間にも、読み終わって歩き始めるかも知れない、そう思うと気がせいて、とにかく闇雲に走り続けた。

 息を切らしながら、公園入り口の階段を駆け上がる。
 上りきった所で膝に手をついた。
 これまで運動とは無縁できたせいで爆発しそうな心臓を、大きく肩で息をして宥めてから顔を上げる。

 昔の城跡に作られたこの公園は、住宅街でありながら敷地が広く緑も多くて、全体を一目で見渡す事が出来ない上に、出入り口も1つじゃ無い。

 今入ってきたのが駅から1番近い出入り口だろうとは思うけど、必ずここを通るとも限らない―――そう思って、辺りを見回しながら歩き出した時だった。

 木立の向こうから、舗装された小径を歩いてやって来る姿に息を呑む。

 ―――あの子だ…

 思わず立ち止まる自分の方に、彼女が歩いてくる。
 少し俯き加減で、手に持っていた何かを見ていた―――それはスマートフォンよりも小さな何かだったけど、それを肩に掛けたスクールバッグのポケットに収めてから、彼女が顔を上げる。

 ドクン―――と、心臓が音を立てた。

 大きく息を吸い込んで、止める。
 吐き出すことが出来なかった、どころか、身体を動かすことも出来ない。
 近付くにつれて外れた視線すら動かすことが出来ないうちに、彼女が隣を通り過ぎた。

 ふわり、と風が動いて。
 思わず吸い込んだ空気に、微かな花のような匂い。

「あっ、…のっ」

 無意識に声を出した。
 その勢いで追い掛けるように振り向く。
 しゃんと伸びた背中で、長い髪が揺れた。

「あのっ、ちょっと待って」

 それが精一杯だった。
 名前も知らない。
 会話らしきものをしたのもたったの1回。

 それでも、会いたかった―――のに。



 そこから家まで、どうやって帰ったのか覚えていない。
 洗面台で手を洗い、ついでに顔をバシャバシャと洗って、身体を起こした。

 鏡に映る顔。

 ああ、自分は、こんな顔をしてたのか。

 何の感慨も無く、ただ生きているだけの毎日。
 それを望んだのは自分だった。
 それが楽だと思ったから。

 誰のことも、家族のことも、自分自身のことにすらも無関心だった。

 張り付いた前髪の向こうの小さな目。
 群衆の中に容易く紛れ込むに違いない、何の変哲も無い、凡庸過ぎるほどに凡庸な自分がそこにいた。

 だから、仕方ないのだ。

 彼女が、振り向きもせずに立ち去ったのは。
< 39 / 39 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

不機嫌な茶博士(boy)

総文字数/20,899

恋愛(学園)11ページ

表紙を見る
歌あそび

総文字数/2,322

その他2ページ

表紙を見る
花の名前

総文字数/101,667

恋愛(純愛)46ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop