legal office(法律事務所)に恋の罠
「いいつけとは?」

無表情の和奏を心配した松尾が、宇津井の残した言葉の意味を尋ねてきた。

宇津井の乗ったエレベーターと入れ違いに降りてきたエレベーターに二人で乗り込むと、社長室のあるエグゼクティブフロアのある階のボタンを押す。

「いえ、大したことではありません。聞き流すレベルの下らない話です」

"この話はここで終わり"

とでもいうように、和奏はエレベーターを構成する透明な四方の壁から見える景色を見つめた。

松尾もそれ以上話しかけては来なかった。

弁護士執務室に戻る和奏は

「これから女性スタッフと面談の予定があります。スモークガラスを使用しますので前もっての連絡です。何か問題が起こりましたらお知らせ致しますので、ご安心を」

と、社長室に戻る松尾に断りをいれた。

「了解致しました。社長は会議中ですので、私から連絡いたします」

パタンと、執務室のドアを閉め、スモークガラスのスイッチを入れると、和奏は一気に脱力してソファに倒れ込んだ。

わかっていたこととはいえ、こんなにも早く、宇津井が行動を起こしてくるとは思っていなかった。

奏のいう通り、ホテルも安心な場所ではなかったのだ。

宇津井が全て本当のことを言っているとは思えないし、奏を信じたい気持ちは本当だ。

しかし、奏を無条件に信じるには、和奏には彼に関する情報が少なすぎるのだ。

実際、女性と抱き合う奏の写真もここにある。

見た感じでは合成には見えない。

これまで、あらゆる女性の悩みや訴えに相談に乗ってきた和奏だ。

まずは、個人的な感情を抜きにして問題を見つめなければならないとわかってはいた。

それが、弁護士である和奏の義務。

何しろ、奏自身がこのホテルの女性スタッフの立場向上に努めて欲しいと言ってきたのではなかったか?

混乱する和奏は、大きなため息をついて天井を見上げた。

そう、この状況は和奏が望んで飛び込んだもの。

そして、奏を巻き込んだのも和奏なのだ。

証拠がどうあれ、弁護士の和奏には事実関係が全てだ。

和奏は写真を取り出し、秘密ファイルの中にある、スタッフの履歴書のコピーの束を捲りながら、人物の特定に取りかかった。

宇津井は辞めたスタッフもいるといっていたが、数年前までのスタッフの情報なら、まだ残っている。

気のせいか、どれも女性の顔がはっきりと写りこむようなアングルだ。

奏の表情はよくわからないが、どれも女性の背中に腕を回し抱き締めているように見えるのは確かだ。

その作業にのめり込めば、一時間以内で問題の女性スタッフ達を特定できた。

和奏は" 奏が正しいと信じたい"という個人的な先入観を消すために、まずはホテル内に残る3名の女性から話を聞くことにした。

退職した残りの1名の勤務先は、調書に記載されているので後で訪問することにした。

きっとそれは和奏にとって辛い作業になる。

だからと言って自分の戦いでもあるのだ。

和奏が宇津井の罠に自分から陥落していかないためにも、これは必要な作業なのだと、自分に言い聞かせて目を閉じた。

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