一昔前の、中学生活

第四節 思わぬチャンス

※瑠千亜side※


総合大会前日。

今日の部活は今までにないほど張り詰めた空気をしていた。

それもそのはずだ。


これまでこの学園は30連勝しているため、その記録を破ってはいけないという相当なプレッシャーがある。

さらに、三年生はこれが引退試合になる場合がほとんどだ。


地区大会の個人戦では、毎年勝ち残れば残るほど、この学園の選手と対戦することになってしまう。

だから、他の地区で出れば余裕で優勝できるレベルのペアも、この地区にいる限り、もっと実力のある同じ学園のペアに負かされ、関東大会まで駒を進められないのだ。

要するに、地区大会では、ベスト16が全部この学園のペアだということだ。


中には三年生より強い二年生、1年生がいる訳で。

身内のそんな後輩に倒された三年生は残念ながらこの大会を最後に引退、ということになっちまう。


何故か今回個人戦で五郎と組んで出られることになったけど、俺らはぶっちゃけまだまだ青いこれからのルーキーだ。


勿論負けたくないが、関東大会まで勝ち進められなくても来年も再来年もある。

まあ、隼たちはそうお気楽にはいられないだろうけどね。

なんせ、あいつらは1年生にして、この学園の団体メンバーの一番手としてエントリーされちまったもんだからなぁ。


団体優勝への貢献は勿論、個人戦でも他の三年を倒して優勝できる、なんて期待かけられてて、本人たちはかなりのプレッシャーだろうなぁ。

でもま、あいつらは小学校時代から全国常連だし、一回全国優勝してるし?

重いプレッシャーは何度も与えられてきたんだろう。

から大丈夫だろ。



練習終了時に長々と続く顧問の話を、こんなことを考えながら半分聞いていた。


「おい、五郎。俺が今まで教えたこと、忘れてはいないだろうな?」

「うむ。バッチリだ優。任せておけ。」

「隼は?何か瑠千亜に教えたりしたのか?」

「瑠千亜は経験者だし、俺がそんなにみっちり教え込まなくても十分強いよ。でも一緒に乱打したり、サーブレシーブでフォームの修正とか、レシーブの種類をいくつか教えたりはしたけどね。」

「あとサーブのコースもな。あんなセンターラインギリギリのファーストサーブなんてよく100発100中で入れてるよな、お前ら。」

「瑠千亜だって最後の方は8割方入ってたじゃん!明日も、ここぞという時に狙ってみてね!」

「ああ。わかったよ。」



練習後の更にコー卜開放後の部室。

今日は個人戦メンバーだけが開放練習をしてもよいとのことだったので、俺や五郎もこの時間まで残って練習した。


ってか、初めて開放練習に参加したけど、先輩や団体メンバーの皆って、普段こんなに練習してんのかよ......!

よくあんなきつい練習の後に2時間も更にびっちり練習できるよなぁ......

やっぱり強い奴らは体力から違うのかもな。



そんなことを思ってたら、不意に部室のドアがノックされた。

この学園は本当にテニス部への待遇が厚くて、部室もなんと学年ごとに分けられている。

だから、今この部室で着替えていたのは、一年の中で個人戦に出る、俺と五郎、優、隼の4人だけだった。



「はい。」

一番ドアの近くにいた隼が鍵を開ける。


そこに立っていたのは、二年生の先輩だ。


「「「「お疲れ様です!!!」」」」


先輩の姿を見て、俺たち一年は着替えを止めて一斉に頭を下げる。

強豪校ではよくあることだが、ここの部活はかなり上下関係がしっかりしている。

理不尽なことを言う先輩はいないが、挨拶や礼儀をしっかりと教えられるのだ。


「ああ。おつかれ。お前ら一年なのにすげぇよな、ここまで残って練習して。」

「今日はコートを使わせていただき、ありがとうございました!個人戦に出られる先輩方と練習させていただいて、とても有意義な練習ができました。」


先輩に一番近い位置にいた隼が礼儀正しくお礼を言った。

すかさず俺たちも頭を下げる。


「あー、まあ、そう固くなるなよ。お前ら明日は頑張れよ。初めての大会で緊張するかもしれないが、まだ一年なんだ。とにかく思いっきりやれよ。」

「はい!ありがとうございます!」

「特に隼と優。お前らは本当凄いよ。まさかキャプテンのペアを打ち負かすとはな。その力があれば、絶対に優勝に導けるさ。俺は団体には出れないから、その分暴れてこいよ、ルーキーども!」


その先輩はニカッと笑いながら、隼の肩に手を置いて言った。

「ありがとうございます!精一杯頑張ります!」
「必ず優勝しますから。任せてください。」

感激したように答えた隼に続き、普段通り落ち着いてやけに自信満々に優が断言した。



そんな三人のやり取りを見て、俺と五郎は目を合わせた。

.........すげえな。

こんなプレッシャーの中、あんなに堂々としていられるなんて........

練習が終わったあと、他の先輩たちからも声をかけられていた。

それだけでかなりのプレッシャーを感じるだろうに、二人は任せてください、頑張ります、と答えていた。


不安はないのだろうか........

どちらにせよ、おれにゃ無理な芸当だ。


そう思って五郎と苦笑いをしていた時、先輩が急に俺の名前を出した。



「そうそう、何の用でここに来たかってな、瑠千亜!お前今日はあと帰るだけだろ?」
「えっ!あっ、はい!!!」

突然の指名に驚いてついしどろもどろになる。


「お前、女テニの清和ちゃんって子と仲いいんだよな?なんか彼女も個人戦出るみたいで、この時間まで練習してたんだが、ペアの子は途中で帰ったって言うし、家が近い五郎も今日はこのまま用事があって親御さんが迎えに来てるんだよな?」

「はい。」

「で、優と隼はさっきも言ったけど、これから少し団体メンバーでの集まりがあるからよ。そうとなれば、清和ちゃんを送れるのは瑠千亜、お前しかいねぇんだよ。」

「おっ、俺ですか!?まあ、確かにそうですね...」

「俺ら団体メンバーじゃない23年で送ってもいけどよ、どうやら清和ちゃんが、だったら瑠千亜に送ってもらいたいって言ってたみたいでよ。どうだ、頼まれてくれるか?」

「あっ、はい!勿論!ちょっと待って下さい!すぐ着替えますので!!!」

「さんきゅ。清和ちゃんはとりあえず女子更衣室で待たせてるから。」

「はい!あの、先輩わざわざありがとうございます!」

「ああ。頼んだぞ。じゃあな、お前らも、気をつけて帰れよ。明日、頑張ろうな。」

「「「「はい!!!お疲れ様でした!さようなら!!!」」」」

ドアを閉めた先輩の背中に向かって礼をしながら声を揃えて俺らは挨拶した。

小春が俺を指名してたことには驚きだが、こんなときに役に立たなきゃ男が廃るぜ。


状況的に必然的とは言え、俺が指名されたことをこいつらに対して自慢気にしてやろ。

普段はこういうの、こいつらの役目だからな!

たまには俺だって女子からの指名をうけるんだぜ!!!


「........瑠千亜、考えてることがバレバレだぞ。鼻の下伸びすぎだ。」

「全く、いくら指名が嬉しいからといって、断じて襲ったりせぬようにな。」

「それ五郎お前が言う!?しねーよ!?そんなこと!大会前日に!」

「二人共気をつけて帰ってね。瑠千亜、ちゃんと清和さんを守ってあげてね。」

「ふん!言われなくてもわかってらぁ!俺はいざとなればお前らより強いんだからな!」

「あれ、でも確か前に隼には負けたとか何とか.........」

「う、うるせーよ!いいんだよ!こいつが化物じみてるだけだから!大抵のやつは倒せる!!!じゃーな!テメーらも夜道には気をつけな!」

「化物って..........」


隼がショックを受けているのを背中で感じながら、俺は勢い良く部室を飛び出した。


..........とそこには、小春の姿。


「.......いちいち騒いでたら情けないわよ。」
「..............っえ?あの、何でお前ここにいんの?」


女子更衣室で待ってると聞いていたのに、小春は男子部室の扉の前で制服にきちんと着替えた状態で立っていた。

俺の問に答えるより前に、小春が前を歩き出したので、俺もその隣についていく。

「その........部室で一人でいるのも、なんかいやなのよ........」

「ははーん?怖いんだな?」

「はぁー、すぐそういうこと言うからモテないのよ。」

「なんだとっ!?うるせー!うるせーよ!俺の魅力に気づく女子だって...」

「はいはい。いるといいね。」

「このっ.....!」


なんだよ。
俺を指名したり、夜の部室が怖いと言ったり、可愛いとこあんじゃん?と思いきやこの感じかよ!

全く、こいつはグサグサくることを躊躇いなく言ってくるんだから........


「.......そう言えば個人戦出るんだってね。おめでと。頑張ってね。」

「それをいうならそっちだって。一年で1ペアだけなんでしょ?」

「まあ、女子は男子ほど競争率激しくないけどねー...。しかもペアが梨々だしね。あの子、マジで強いわよ。」

「なんだ、ペアの子って梨々ちゃんだったのか。」

「そうよー。どうやらエキサイトランドで隼くんにいろいろ仕込まれたみたいね。」

「まじで!?俺もだ!」

「じゃあ、もしかしたら二人似たプレイが出るかもね。」

そう言ってクスクス笑う小春の横顔は、普段間近で見ることがないからか、一段と綺麗に見えた。



強くて真っ直ぐな梨々ちゃんとは違う。

儚くて繊細な感じがあるんだよなぁ.............

つい小春の横顔をジッと見ていたら、小春が「な、何よ。」と言ってそっぽを向いてしまった。



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