恋かもしれない
「あれって、松崎さんの車だよね」

階段を下りていると、バタンと車のドアが閉まる音がした。私のところに、松崎さんが速足で近付いてくる。

「すみません、突然来た上に外に呼び出しまして。綾瀬さんのアパートは分かるんですが、部屋が何処なのか分からなかったもので、片っ端から訪ねる訳にもいかなくて」

すまなそうに言う松崎さんはグレーのスーツをきっちり着ている。

日が傾いてきたとはいえ、ムワッとした空気が肌に纏わりついてまだまだ暑い。

それなのに松崎さんの周りだけ、秋の風が吹いているような爽やかさを感じるから不思議だ。

「い、いえ、ちょっと、びっくり、しちゃいました」

スマホ越しじゃない生の松崎さんは半端なく眩しくて、視線をどこに向ければいいのか分からなくて俯いてしまう。

さっきから沈黙が続いて、セミのせわしない鳴き声が大きく聞こえる。
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