ユルトと精霊の湖

すんなりと伸びた手足に、未だ空気にさえ触れたことのないやわらかそうな乳白色の肌。

胎児のように丸まっている背を覆うように伸びた髪は、木の幹のような濃い茶色をしていた。

その成長を愛しいと思うと同時に、こんなにも悲しみが胸を締め付けるのはなぜだろう?

「いつか……いつか、と思っていたの」

胸に抱いた赤子を揺らしながら、湖精は語りかける。

「いつか、あなたがこの目を開いて、私を見てくれると……」

精霊たる彼女の目に涙は浮かばない。

しかし、やり場のない気持ちは、さざなみのように胎の中の水を震わせた。

「あきらめろ、とみんなが言うわ。でも、私は……私はずっと」

何かを決意したように、湖精は赤子を離し、大きく両腕を広げた。

「一度でいい……たとえ、これが最後でも……」

少しずつ、胎の水に溶けていきながら、湖精は眠る赤子に笑いかけた。

「……ごめんね…………私、一度だけでも……あなたに会いたい」

そう言い残し、完全に水に溶けきった湖精は、ゆっくりと赤子の中に入っていった。


< 42 / 86 >

この作品をシェア

pagetop