夢はダイヤモンドを駆け巡る

第2話

 でも、怖い。

 あんなに頑張り屋でみんなの人望もあって、親切だった松本くんが、今となっては惟怖い。

 足を前に出す。右、左、右……。しかし傾斜は無残にも秒を追うごとに角度を増す。

 わたしの足取りなど無駄な抵抗に過ぎないとあざ笑うかのように。

「小神!」

 気付いたときにはギュッと目をつぶり、わたしはその名を叫んでいた。もちろん、ここは松本くんの夢の中の世界。届くはずはない――

 そう分かっていながらも、小神の名を叫ばずにはいられなかったのだ。

 その時のわたしにはもう小神しかいないも同然だったのだから。

「――さん! 星野さん!」

 暗闇の向こう側から、耳馴染みのある声がわたしの名を呼ぶ。

 切実味を帯びた、けれども冷静さをどこか含ませた声。

 幻聴だ、これは。だってここは松本くんの夢の世界の中だもの。

 ここにいるはずがない――期待を裏切られることを恐れ、予防線を張りつつ眼を開くとそこには、

「星野さん、掴まってください!」

ほっそりした白い顔に細縁の眼鏡――小神忠作が、間違いなくわたしに向かって手を差し出していた。

 一目見て一瞬、別人かと思うような真剣で切羽詰まったまなざし。

 しかしそれを見止めた途端、わたしの胸の奥からぶわっと温かいものが押し寄せてきた。

 恐怖で震え上がり、冷え切った体に、生命のぬくもりが蘇る。

 自分で自分の目が信じられず、しかしそうは言っても今はつべこべ考えている場合ではないと思い、素直に小神の差し出した手を握った。

 小神の手は少しじっとりと汗ばんでいた。

――ひょっとして、わたしを救いだすために汗だくになって走ってくれたのだろうか?

 普段のわたしなら間違いなく「手汗気持ち悪!」と叫びだしていたところだが、今はそんな小神の汗すらありがたく感じ入っていた。感激にも似た心の震えを感じる。

 小神はそのままわたしを渦の外にまで引っ張り上げてくれた。

 細身に見えて、案外腕力があるものだ、と切羽詰まった状況であったにもかかわらず、感心する。

 渦の外にまで出てしまうと、さっきまで感じていた身の重さはどこかへと消え去っていた。

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