未来はきっと、私次第で
未来はきっと、私次第で
 二人並んで、長い影を引っ張りながら帰路に着く。今日はこんなに遅くまで残っている生徒もいなくて、とても静かだ。私たちはそれを良いことに堂々と手を繋ぎ、世界を眺める。ふといつか見た景色が思い出された。あのときは夏で緑も眩しかったけど、今は冬。街路樹は葉を落とし、眠っているかのようにしんと密やかだ。細く寒々しいシルエットだけが浮かび上がるけれども、それでもやっぱり美しかった。

「驚いた。美麗にあんな勇気があったなんて。凄くカッコよかったよ」

 前を見据える彼。細められた瞳は何を見ているのだろう?

「あはは、……ごめんね」

 聞かれていたのなら、もうばれているだろう。私がA組を目指したがった本当の理由が。

「何に対して謝ってるのか何となく見当は付く。でもさ、全部が全部嘘じゃないって信じていいだろ?」

 当たり前だ。私は繋がれた手に力を込めた。

「勿論! だって、同じ高校に入りたくて西紅目指したんだよ。同じクラスになれたらもっと嬉しいに決まってる」
「うん。じゃあ謝らないで」

 優しい眼差しが降りてくる。でも確認せずにはいられなかった。

「怒ってない?」
「心配になるくらいなら話してくれたら良かったのにって思うけど、話せない理由があったのかな、とも思う。神社で祈ってたのは、このこと?」

 戻ったことなんて知るはずもないのに、藤倉君は何でも知ってるみたいに私の心を見通してしまう。千里眼みたいだ。

「うん。私ね、夢を見たんだ」
「夢?」

 突然突拍子もない話をし出したのに、藤倉君は静かに耳を傾けてくれた。

「そう、夢。そこで私は結構頑張るの。藤倉君にも自分から好きですって告白するんだよ」
「ほんと? 我ながら羨ましい! 夢の中の俺は天にも昇る気持ちだっただろうなぁ」

 はしゃいだように笑った彼に、救われた気持ちになった。

「そして私は、そこではA組なの。一緒に体育祭実行委員もやって、部活対抗リレーでも一緒のチームになる」
「美麗と一緒なんて楽しそう。俺張り切るだろうな」
「でも私はこけて迷惑を掛ける」
「何だって? 大丈夫だった?」

 夢の中の出来事だと言っているのに、心底心配そうな彼に思わず笑ってしまう。

「藤倉君が肩を貸してくれて、影森先生の救護テントに連れてってくれるの。出場予定の騎馬戦を欠場してまで」
「うん、当然だな」
「ふふっ」
「楽しい夢だな。俺も見たい」
「そこで私は美濃部さんと凄く仲の良い友人なんだ。美濃部さんのことを鞠って呼んでて、美濃部さんも私を美麗って呼ぶの。彼女は可愛くて優しくて、私の恋を一生懸命応援してくれて。だから私は藤倉君に告白することができたんだ」
「そうだったのか」
「……だから助けたいと思ったって言ったら、笑う?」
「なんで? 笑わない。美麗らしいと思うよ」

 笑みを浮かべたはずなのに、私の瞳からは涙が零れてしまった。

「凄く幸せな夢だったけど辛いことも結構あってね、でも今一番辛いのは、鞠が隣にいないこと。私を凄く慕ってくれて、いつも応援してくれた鞠が隣にいないことなんだ」

 零れた涙を優しく拭って、藤倉君は私をそっと抱きしめる。

「そうか、でも、俺は隣にいなくて寂しくなかったの?」
「え?」

 腕の力が強くなって、彼の胸に顔を埋めた私は、思ったよりも速いその鼓動に戸惑う。

「その夢、いつ見たの?」

 ああ、私たちが付き合い始める前に見た夢、きっと彼はそうじゃないかと思ってるんだ。

「……うん、そうだね、最初に思ったことは、間違いなく藤倉君が遠い人になってしまったってことだった。いっぱい泣いたよ。切なくて苦しくて、どうにかなっちゃいそうだった。
 今こうして鞠のことを考えていられるのは、隣に藤倉君がいてくれるからだね」

 心に余裕ができたのは、藤倉君があの日私を絶望から救い上げてくれたからだ。
 ありがとう、呟いて私も腕に力を籠めれば、羽宗、と彼が零す。

「え?」
「美濃部さんとは名前で呼び合ってたんでしょ? だったら俺も名前で呼んでくれないと」
「でもあれは夢だよ?」
「夢だって、美麗をここまで動かしたんだ。美濃部さんは侮れない!」

 更に強く抱きしめられて、苦しいよって言えば、早く、と彼は拗ねた声を出す。女の子相手にヤキモチを焼くなんて、変なの。

「ふふっ。羽宗……大好き、ありがとう」

 鼓動が驚くほど速くなって、隙間から彼を見上げれば、真っ赤な首筋が目に入った。

「それは今言ったらダメだろ」

 掠れた声はとてもセクシーで、私の心臓もつられてどんどん加速した。顔もきっとそれに比例するように真っ赤になってることだろう。下手したら夕焼けだって真っ青になるくらいかもしれない。

 ゆっくりと抱擁を解いた彼が、私の腕に手を掛ける。

「キス、していい?」

 訊いてくるところが、律儀な彼らしかった。それじゃあますます緊張してしまうだけなのに。
 ボンッて音がしそうなほど瞬時に首まで染まった私の反応を了承と取ったのか、彼は端正な顔を近づけると、触れるだけの優しいキスをしてくれた。

「ダメだ、もう帰ろう」

 すぐにそっぽを向いて、でもしっかりと手を繋いでくれる。冬なのに汗ばんだその手が、彼の緊張を如実に物語っていた。

 私は幸せを噛み締めながら、引っ張られるようにして歩き出す。

 視線を上げ見据えた未来には、私の隣で楽しそうに笑う羽宗と鞠。そこに辿り着くまで、私はきっと何度だって頑張れる。一度できたのだ。もう一度、必ずできるに決まってる。
 運命を変えてはいけないなんて、いったい誰が決めたのだろう? そんなものに、私はもう惑わされない。だって、私は私が描いた未来を掴み取るために、二度と諦めることはしないと固く心に誓ったのだから。
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