ゼフィルス、結婚は嫌よ
第一章 ♪チェリッシュ♪

マドンナ・チェリッシュ

『あそこ、あそこの階段から上って来たのよ、あいつ』アイスコーヒーをストローでかきまぜながら惑香が心中でモノローグする。『10年後のきょう、わたしの前にあらわれて、その場で結婚を申し込むんだって…きざなこと云っちゃってさ…ふふふ、なによ、きょうがその10年目じゃない…あなたはいったいどこにいるのよ』と云って階段の上り口や店内を見まわすが目当ての人はいないようだ。『まったく!あなたが10年後のプロポーズを約束した場所がここだったから、またここに来てあげたのにさ。時間まで合わせて…』惑香が云うその場所とは青山、246沿いにあるサンドイッチやベーカリーの味の良さで有名な老舗の喫茶店である。その二階のフロアーに惑香はいる。時間はティータイムには絶好の午後3時。またジューンブライド、結婚話に最適な6月の下旬だった。赤い枠のはまった腰ほどの高さのプラスチック板で各座席が適度に仕切られた店内は、とてもシックでくつろげる雰囲気があり、いかにも高級ベーカリー喫茶の雰囲気をかもし出している。ナオユニバースのノースリーブブラウスの裾を、スタイルデリーにはめずらしい黄色のスカートの中に入れて、ウェストあたりに適度なたるみを持たせている。自然な茶色い髪を手巻きで下に団子状にまとめ、白いうなじをあらわにして、そこに後れ毛をひとすじたらしていた。耳もとにはピンクのふさの付いたパールのイヤリングだ。惑香のファッションは実に印象的で、洗練されて居、垢抜けていた。レースのパンプスのハイヒールをさりげなく合わせた姿はそのままファッションショーの一流モデルとして通用しそうだ。色白の肌に黄色と白というこのいでたちは、健康的ではあるがなまめかしくもある。また34才のレディであれば些か若過ぎもする。いやがうえにも男の好色の視線を誘うことを惑香は理解しているのだろうか。ひょっとして、その待つ人を魅了するため?…なのか、さだかではない。店内にはマドンナのチェリッシュがBGMとして流れている。それを軽く口ずさみながら惑香の心中でのモノローグは続く。
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