ゼフィルス、結婚は嫌よ

嗚咽する一郎おじさん

1945年往時結核に罹患して死線をさまよっていた一郎のために、親友だった義雄が医学部始め方々の伝手をたどって、当時まだ開発されたばかりの碧素・ペニシリンをを手に入れてきてくれたのだった。自分が特攻で死ぬ直前のことで、碧素のお陰で劇的に症状の回復した一郎はしかし直後に義雄の特攻死を知り、いたたまれずに嗚咽にむせんだのだった。話すうちに感極まった一郎は図らずも往時と同じく中学生に過ぎない惑香の前で嗚咽してしまう。「いやだ、小父さん…」対応に窮する惑香だったが母・春子が「まあまあ、一郎さん。もういいですよ。惑香に話しても仕方ないし、兄もあなたが回復するのを見てさぞや本望だったでしょう」と間を取り持った。しかしそれを聞いて「は、春子さん…!」とばかりに一郎はさらに万感が迫ってしまい横を向いて顔をハンカチで覆ってしばし嗚咽し続けるのだった。思えばそれ以来一郎は残された義雄の母・敏子と当時まだ12才に過ぎなかった春子の面倒を生涯見ようと決心し、以来幾星霜だったのである。ようやく気を鎮めた一郎が「あー、ごめん、ごめん、惑香ちゃん。つい昔を思い出してしまって。ははは。とにかくね、そんな分けだから小父さんはね、惑香ちゃんやお母さんのことはぜんぶ面倒見るから。ね?このあと高校はどこへ行くのかな?私立だろうとどこだろうと、入学金も授業料も小父さんがぜんぶ出すよ」「まあ、一郎さん。今までも本当にお世話になって…もう充分です。お礼の云いようもありませんのに、これ以上ご迷惑をかけてしまったら…」と春子が受けるのに「なーにを云ってるんですか、春子さん。惑香ちゃんがお嫁に行くまで私はね…小父さんは絶対に死ねないの。ね?惑香ちゃん」と言明して見せる。
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