ゼフィルス、結婚は嫌よ

義男あらわる

「止しなさいよ、美枝子。こんなに大勢の人の前で踊り出したりして。私恥ずかしい!」マドンナの振りを真似してはそれに即興のパントマイムを入れ、ダンスを披露し出した美枝子に口に手を当てた基子がもの申した。顔を赤くした基子は本当に恥ずかしそうだ。しかし麦子が「やれ!やれ!美枝子。私たちゼフィルス軍団の美しさを際立たせろ」とけしかけ、恵が「かっちょいい、美枝子。ブロードウエイ仕込み!」と辺りに喧伝をする。実際黒のパンタロンスーツに身を包んだ長身でスレンダーな美枝子の踊りには目を見張るものがあった。ブロードウエイ仕込みというのも本当で彼女は以前に渡米し、オーディション暮らしを何年もしていたのだ。ロビーでくつろぐ他の観客たちを前に臆するようすもない。
「チェーリッシュ、ユー・アー・マイ・デストニー…だってさあ、基子先生。やらかしてくれたマドンナのあの舞台見たら血がさわぐのよ。ダンサーの血が…」とマドンナのチェリッシュを口ずさみながらブレイクし続ける。「ほら、惑香。ゼフィルス一番の美女、あなたが踊らないでどうするの?カモナ・ヒア、レッツ・ブレイク!」と誘われるが惑香も基子どうよう片手を口に当て、いま一方の掌をその前でふるばかりだ。するとその時だった。惑香の代わりというわけでもあるまいがひとりの男が美枝子の前にすっと立って、美枝子の振りを真似ては踊り出したのだ。それが義男だった。 彼を確認した美枝子が「また現れたわね」と告げてさらに「私を真似て」と云いざま義男の腕に自分の腕を絡め「これが1920年代のステップよ」と口上したあとで二人でクルクルとまわり出した。開いている方の手で時折り(架空の)シルクハットを持ち上げあいさつするような仕草と、そのステップがとても粋だ。しばらくステップを踏んだあとで腕をほどき互いを拍手し合った。惑香たち5人とまわりの観客たち(?)もやんやの喝采だ。
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