クワンティエンの夢(阿漕の浦奇談の続き)
指名された亜希子が目をパチクリとさせて僧を見やる。催眠術からさめたような、没頭していた映画から我に返ったような観がある。さてもとみずからを覚醒させながら僧からの質問を待つ。
「おうかがいしますが、この二つの話の寓意はいったい何だと思われますか。それと‘観音うんぬん’と申し上げたことの私の真意は…あ、いや、こちらは梅子さんだったかな…」と問うに「そうですね、まず祠での神仏供養は…ひょっとして、人間のいだく傲慢さを語っているのではないですか?私のこの美しい裸を見せてやるという…あ、いや、恥ずかしい」と云って一瞬口元を両手で覆ったあと再び「神仏への祈りにおいてすらも自我を空しくできない、全面的に托身するといことを知らない、人間の持つ自己保存と虚栄の姿を…そのお、示しているのではないかと思います」などと考え考え亜希子は云いさらに「それと追いかけっこの伝説の方ですが…」と続けようとしたが、いまさらのように自分をみつめる僧の意味ありげな視線に気づく。するとなぜかまた催眠術にかかったかのようなモノローグ状態となり「身を許しても…結ばれなかった…仏身とは。彼が求めていたのは私で、しかし私でなかった…けっきょく二人とも…」などと独白したところで我に返った。「あ、いや、何を云っているんだろう?私は」と赤面しつつ照れ笑いをして見せる。「うん」とばかり高い声で咳払いをしたあと「そうですねえ…伝説の方は正直云って難解です、わたくしごときには。女性兵士は相手が猿であることを嫌って逃げているのか…違うのか。違うのならそれはひょっとして…うーん、ちょっとわかりません。お教えください」と結局逃げたが実のところは寓意を捉えているようにも見えた。おそらくそれは女性の口からは云いにくいのだろうし、あるいは主人公を愛しく思ったがゆえなのかも知れない。ではとばかり僧が答えようとするとそれをさえぎって口をはさむ者がいた。梅子だった。「じゃあ私が代りに答えてやるわ」というその顔が、なぜかいささかなりともまなじりを決している。僧と同様なるこのあとの長口舌が感じられたが、しかしそれは不穏なる空気を呼ぶようにも感じられた。遠くでかすかに雷鳴がとどろいた。こちらに来なければいいが…。
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