『スーパームーン』 あの約束、まだ覚えてますか?

少女は突然現れた


プロローグ

 男は、レコードから針をあげると、店の灯りをすべて消した。

 それでも満月のおかげで、店内はまだ充分に明るかった。

 冷蔵庫からビールを取り出し、裏口から海岸に続く坂道を下りていく。

 風が気持ち良い。

 夏の終わりを迎えようとしている海岸に、人はいなかった。

 大きな漂流木に腰を降ろし、ビールを一口、咽に流し込む。

 波の音が現実を遠ざけてくれる。

 大きな月を見ていると、あの頃の想い出が浮かんでくる。

「我ながら情けない男だ」と、男は小さく呟いた。

 あれから半世紀近く経つのに、未だに想い続けている。男は白くなった髪をかきあげ
「馬鹿だな・・・俺は。でも約束したんだから」と、もう癖になっている独り言だ 


 波の音をかき消すように、エンジン音が近ずいてきた。

 バイクは男の横を通りすぎ、砂を巻き散らかしながら、波打ち際の少し手前で止まった。

 再び波の音が聞こえる。

 フルフェースのヘルメットを取ると、腰まで伸びた髪に風が通りすぎ、髪をふわりと揺らした。

 女は、何度か頭を横に振ると、いきなりTシャツとGパンを脱ぎだした。

 少し躊躇った後、下着も全て脱ぎさると、走って波打ち際まで行き、勢い良く海に飛び込んだ。

 きれいな泳ぎ方で、どんどん月に近ずいていく。

 男は吸い込まれるように、暫く女を見つめていたが、不意に姿が見えなくなった。

「潜った のか?」

 1分・・2分・・・あがってこない。

「まさか溺れた?」

 男は心配になって立ち上がる。

 その時、思いも拠らぬ波打ち際に女は現れた。

 月の中に、横を向いて立ち上がると、前屈みになり、一気に反動をつけ長い髪を空に放り投げた。

 水飛沫が月にかかる。

 女は顔を空に向けたまま、動かない。

 月と海と美しい女。

 男は今見ている光景の、信じられない美しさに圧倒されて、呆然と立ち尽くしていた。

 やがて、女は男に気づく。

 女は、海からゆっくりバイクのところに戻り、タオルで軽く体を拭くと、Tシャツだけを身につけ、男の方に歩いてきた。
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