流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 自然とため息が多くなっていた。

「姫様、お疲れでございますか」

 よりによってマーシャに気をつかわれてしまう。

 自分よりも年下の少女の方が多くのことを経験している。

「みなさんに生姜湯をお配りしましょう。わたくしたちも休憩しましょうね」

「かしこまりました」

 冷えた体には生姜湯が一番だ。

 心には何が効くのかはマーシャの方が詳しいだろう。

 いつも耳元でどんな甘い言葉をささやかれているのだろうか。

 嫌味を言いそうになるのをぐっと飲み込む。

「あ、マーシャ」

「はい、なんでしょうか」

「兵隊さんたちにもお配りしなさい」

「はい、姫様」

 声の調子が高い。

 屈託のない正直な少女だ。

 恋を知ることがマーシャくらいの年頃の少女にとってどれほど幸福なことか。

 それは彼女自身の笑顔にはっきりと現れていた。

 そういう明るさには何度も助けられた。

 自分はうまくいかなかったが、マーシャには幸せになってほしい。

 エミリアは笑顔で女官を送り出した。

 新年が明けた頃、久しく会っていなかったジュリエが施薬院に現れた。

「お久しゅうございますね、姫様」

 いつものようなきらびやかなドレスではなく、洗濯女の着古しのような服装だった。

 巻き上げていた髪も下ろしてまとめてあるだけだ。

 夜の貴婦人の称号にはふさわしくない地味な格好で、一瞬、誰だか分からなかったほどだ。

「実は、アマトラニへ行っておりましたの。さきほど戻ってきたばかりでしてね」

「まあ、そうだったのですか」

 故郷の名を聞いても、特に心は動かなかった。

 政変と戦争については当然エミリアの耳にも入っていた。

 しかし、すでに身分を捨てた自分には無縁の騒動でしかなかった。

 ちょうど香草と生姜の入ったパンを焼いていたところだったので、エミリアはジュリエを自室に招き入れて昼食に誘った。

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