流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 青かった空が色を変えていく。

 夕暮れ時を迎えて風が向きを変えた。

 丘の下の街で教会の鐘が鳴る。

「さて、今夜の宿を探そう」

 目を開けるとエリッヒが上半身を起こしてエミリアを見ていた。

 起き上がって二人並んで海に沈みゆく夕日を眺める。

 彼がつぶやいた。

「いよいよ明日はフラウムだ」

「不思議なものですね。旅が終わるかと思うと、寂しくなります」

「そうだろ。俺もだ。帰る前にもう次の旅に出たくなるんだ」

「せっかちすぎますね」

「好きでたまらないんだろう」

 彼の言葉にエミリアが赤面する。

「……旅が、さ」

 エリッヒが照れながら立ち上がる。

 相手の不器用さにあきれながらエミリアも立ち上がった。

 すぐ隣にエリッヒがいる。

 その気持ちを確かめることはできなくても、そばにいてくれる。

 もうすぐ旅が終わる。

 その時を受け入れることができるかどうかは分からない。

「さあ、行こう」

 エリッヒが断崖を背にして丘を下り始めた。

 エミリアもその後をついていった。

 今この瞬間を止めることはできない。

 だから、それを永遠にするために言葉はあるのだ。

「エリッヒ」

 彼が振り向く。

「すてきな景色をありがとう」

「お気に召して何よりだ」

「一生忘れませんわ」

「俺もだ」

 二人はお互いに微笑みあい、固く手をつなぎながら眼下の街へ向かった。
< 80 / 151 >

この作品をシェア

pagetop