月の記憶、風と大地

二時間ほど前の出来事である。
友人と食事をしたが友人の子供が体調を崩したと連絡が入り、早くにお開きとなった。

自宅へ戻った弥生は見てしまったのだ。

メロドラマの展開通りである。
夫と愛人がベッドで眠っていたのだ。

服は着ていなかった。

女はずいぶんと若い。
おそらく二十代だ。

帰宅当時ふたりは弥生には、まだ気づいていなかった。
弥生は沸き上がる感情を抑え息を飲みスマホを構える。

震える手でスマホで二人の写真を撮っていると、物音に気づいた夫が飛び起きる。


「おまえ!」
「あなたの正体を見たわ!裏切り者!」


弥生は叫び逃げるようにマンションを飛び出した。

夫は追っては来なかった。
服を着ていなかったのだから、まあ仕方がない。

家にも帰りたくない。
いや帰れない。
自分の家でもあるのに、なぜ自分が外へ出なければならないのか。


話し合いはしなければならないが今日は無理だ。

夫からの電話が嫌でスマートホンの電源は一度、落としたのだが再び電源を入れ、手早く着信拒否に設定した。


ひょっとしたらその電話もなかったのかもしれない。
その方が怖かった。



コンビニやスーパーで時間潰しをして一時間ほと前に公園にやって来た。

この公園はマンションの近所だが、実際に探しにくる気配もない。


弥生はカバンの中の持ち物を確認する。


財布は持っている。
運転免許証、健康保険証も財布に入っている。


他にはスマホと筆記用具だ。


両親はもういない。
二年前に共に他界していて実家も処分し帰れる場所もない。

友人は既婚者ばかりだ。
突然、転がり込まれても迷惑をかける。


もうため息すら出ない。


今日は人生最悪の日だ。
弥生は頭を押さえる。


働きに出ようとしただけなのに、なぜこんな目に合うのか。

寒さを感じ身震いした。
気温もずいぶん下がってきている。

今夜はビジネスホテルか漫画喫茶で過ごすか。
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