月の記憶、風と大地



「太田さんのご両親?」


自宅で資格試験の自己採点をしていた弥生は、それを中断し和人を見る。

太田美羽の両親が不正に関わっていたことを弥生は知った。

最近テレビでも話題のニュースである。


美羽の両親が結婚を急かしたのは、そういう裏事情もあったのだ。

弥生はあの世間知らずなお嬢さんを若気の至りと恨んではいなかった。
彼女なりの苦労があったのだろうと、弥生は察した。


一方、鴻江に写真の存在をちらつかせられた和人は不審の目を向けている。


「写真を会社に送ったのは、おまえか?」


和人の言葉に弥生は目を丸くする。



「写真って……あの写真?まさか。私は何もしていません」


和人の会社の人間とは接点がないし、出来るはずがない。

他に写真を所持しているのは津田だ。
まさか津田が写真を……?


「おまえの他に、誰か写真を持っているのか」


弥生が返答にあぐねいていると和人は気づいたようだ。


「あの男か」


弥生は首を横に振る。


「津田さんは、そんな人じゃないわ」
「ほう、云いきれるのか。現にこうなった。それとも他にもいるのか」
「……他にも、って……」


弥生は絶句した。


和人の口調は厳しい。
そして完全に弥生と津田の関係まで疑っている。

津田が和人の会社へ取材協力で訪れた際、部署の女子社員の数人に連絡先交換を迫られていた。

彼女らを使いバラまくことも可能だと和人は思っているのだ。

弥生は唇を噛んだ。


「私を信じてはくれないのね。そしてそれが、あなたの本音なのね」


浮気現場を写真におさめても弥生はどこかで夫を信頼していたし、今のままでいいと思っていた。


一度の浮気くらいは目を瞑ろうとしていた。


和人は亭主関白の典型的な昭和の男だが十七年もの間、共に生活をしていたのだ。



長い夫婦生活なのだから、そういう事もあるのかもしれないと……。

だがそれが今、終わりに近づいていると弥生は悟った。


自分の気持ちは一方通行であって、和人もまた別の意味で同じであったのだ。



「私達、今度こそ終わりね」


弥生が云った。


「結局あなたは、私を信じてくれない」
「……」


和人は何も云えなかった。
云わなかったのかもしれない。


「今日は赦してと云わないのね」


沈黙が更に流れる。


「おまえは自分の妻だと、云ったことがあったわね」

弥生が云った。


「あなたも私の夫のはずよ。だけどあなたは、あらゆることを無視して自分を優先させたのよね」


和人は美羽を諦めたフリをしている。
そう、冷静沈着な夫の心は美羽に向いている……。
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