月の記憶、風と大地
和人は自主退職した。
事実上の解雇である。

「部長でもなんでもない。無職の中年だ」

荷物を片付けに訪れていた美羽は偶然に和人と遭遇し、会議室にいる。


「鴻江課長は、わたしの両親の不正を知っていたんです」


美羽の両親の医院は経営が行き詰まっていた。

後に発覚したが後台とのお見合いも半ば強引に進め、結婚させ借金を返済する予定だったらしい。


鴻江の人脈は広い。


その雄弁はあらゆる方面で広がっていたらしく、マスコミ関係者にも例外はなかった。

偶然、美羽の両親の不正を知った鴻江は会社の横領から目を反らせるために、彼女を利用したのだ。


「鴻江課長は写真を持っていたんです。わたしはそれを、部長との写真かと思い込んでいました」


和人も同様である。

両親の不正を、この時の美羽はまだ知らなかった。
ゆえに写真の出所が不明だった。


「ではあの写真は」


美羽は悟った。


「はい。私の両親のスキャンダル写真です。奥さまは関係ありませんし、悪くありません」


和人は後悔していた。
あれだけ弥生に愛を誓っておきながら疑っていた。
和人の思いは知らず美羽は続ける。


「因果応報でしょうか。当然の結果です」


両親は不正請求で逮捕、娘である自分は上司と不倫。
本当にどうしようもない最低な親子だと美羽は云った。


「それを云うなら、おれもだな」


若い女子社員と不倫関係を持ち、会社では不正を見抜けなかった。

そして信じてやれなかった。

自分自身の行いが、そうさせたのだ。



「実家は売り払う予定でいます。病院も。わたしの実家の資産は全て白紙に戻します」


大部分は売り払う予定だが、田舎の父方の祖母の自宅空き家だけは老朽化がひどく、立地も良くないため価値が付かず売れなかった。

築百年の古民家で、内部をリフォームしてから美羽はそこで暮らす予定だという。


「ウェブデザイナーをして、生活していこうと思っています。元々の志望はそれでしたから」


両親や会社、和人に翻弄された美羽だが、自分のやりたいことがはっきりとしたようだ。


「そうか」
「部長は、どうされるんですか」



和人は美羽を見つめる。



「おれはしばらく、失業保険で暮らす。マンションも売る予定だ」





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