この想いを言葉にのせて
むかしばなし
side : Watanuki
たぶん、一生忘れられない。その日の景色、温度、香り、一瞬を。永遠に。
例えあいつが忘れてしまっても───。
◆
「何してんの、こんなとこで」
校門の前で膝を折り曲げうずくまる物体にそう声をかけたのは、部活が終わって帰ろうと校門の前を通りがかった時だった。
一瞬何かの置物かとたじろいだけれど、見覚えのある赤いチェックのマフラーを見て思わず声をかけていた。珍しく部活を休んでいたから何事かと思っていたら、どうやらずっとここに居たようだ。
頭の上に積もった雪を払い落としてやると、そのまましばらく撫でてやった。
「タヌキチ……」
「その呼び方やめろ」
「やだ」
「このやりとり入部以来もう100回以上してるんだからいいかげん折れろよ」
「そっちが折れなよ」
「俺は折れません」
「何それ、ダジャレ?」
「違う」
「面白くないよ」
「だから違うって言ってんだろ」
「ていうか、いいかげん慰めてよバカ……」
「………」
何があったか、なんてそんな事は聞くまでもなく分かっていた。ここ最近ずっと相談は受けていたから、サクタがこんな風に落ち込んでいるということは。
「両親、離婚するのか」
「……デリカシーないね」
「ごめん」
「素直に謝らないでよ、気持ち悪い」
「失礼な、俺はいつも素直だよ」
そう言うとサクタはふっと笑って「ばーか」と言った。
小さな肩が寒さのせいなのか、それとも別の理由でか、小刻みに震えていた。
俺は頭を撫でていた手を離して、すっかり冷たくなったサクタの手を握った。
「サクタ、風邪ひくぞ、そろそろ帰ろう」
「……やだ」
「やだって……」
「もう、帰るとこなんてない。お父さんかお母さんのどっちかを選ぶなんてできないもん。私はみんなで一緒に暮らしたいの。みんなで、昔みたいに笑って……笑って、過ごしたい……っ」
しゃくりあげながら、サクタは懸命に声を振り絞った。訴えかけるように、あるいは懇願するように。
サクタにとって家族と暮らす毎日は、何にも変えられない大切なものなんだろう。
俺には両親もちゃんといるし、2人の弟もいる。当たり前のように思っているその全てが、サクタを見ていると当たり前ではないのだと思い知らされる。
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