異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~




 その夜、救護幕舎で休んでいた私は森の中に消えた青年が忘れられなくて眠れずにいた。
 じっとしていても落ち着かないので、マルクやオギたちを起こさないように静かに幕舎の外へ出る。

 すると、焚き火の前でローズさんとシェイドが声を潜めて話しているのを見つけた。
 立ち込めた雰囲気で聞いてはいけないことなのかもしれないと感じた私は、とっさに幕舎の影に隠れる。

「ローズ、それは確かなのか」

「ええ、間違いなくアストリア王国の紋章よ」

 アストリア……王国?
 聞きなれない国名に耳をそばだてていると、ふいに会話がやむ。不思議に思って幕舎の陰から顔を出すと、ふたりはこちらを振り返っていた。

 盗み聞きなんて、いけなかったわよね。
 素直に謝るためにふたりの前に出ていけば、ローズさんが私の額を人差し指でぐりぐりと押した。

「あんたは隠密には向かないわね」

「すみません、気になって」

 一介の看護師が知れることなんて、きっと限られている。それをまざまざと思い知らされたような気がした。

 私がシェイドの妻になったとしても、話せることとそうでないことが必ず出てくるだろう。知らなければ力になることもできないのに、もどかしい。

 目の届かないところで、シェイドが無茶して命を落としてしまったらと思うと怖くなる。だから、いけないとわかっていてもこの場から離れられなかった。

 そんな私の気持ちに気づいているのか、シェイドの大きな手が頭に載る。

「隠し事ができなくて、真っ直ぐで、夫想いなところが俺の奥さんの美徳なんだ」

 さらっと褒めちぎってくるシェイドに、ローズさんは「まだ婚約者でしょ」と呆れた。それをもろともせずにシェイドが満面の笑みで答える。

「気持ちは夫婦だ」

 止めに入らないと公開処刑のように恥ずかしいノロケを永遠と語りそうなので、私は会話を断ち切るように尋ねる。

「……ふ、ふたりはなんの話をしていたんですか?」

 それに一瞬だけシェイドと視線を交わらせたローズさんは、私の額をピンッと弾いた。

「秘密よ。いつか教えてあげる」

 ひらひらと手を振って幕舎の中に戻っていくローズさんを寂しい気持ちで見送っていると、シェイドに頭を撫でられた。

「今は聞かないでやってくれ」

 さっきの話、ローズさんとなにか関係があるの?

 簡単には話せない事情があるのかもしれない。ローズさんとは色んな修羅場を乗り切ってきたと思っていたのだけれど、それを話してもらえる段階にはないということだ。

 寂しさを感じている私に、シェイドは「それで?」とわずかに顔を傾けた。

「こんな時間まで起きてるなんて考え事か?」

「あ、ううん。大したことじゃないのよ」

「……昼間の青年が気になってる……のか?」

 誤魔化すつもりだったのに内心を見透かすような鋭い問いが返ってくる。この人を相手にやっぱり隠し事はできないな、と私は白状することに決めた。

「ローズさんから聞いたのね? そうなの、ちょっとその子が気になって……」

「堂々と浮気宣言とはいい度胸だな、〝奥さん〟」

 黒い笑みを浮かべてじりじりと距離を縮めてくる彼は大きな勘違いをしている。会ったばかりの男の人と浮気だなんて、私はシェイドひとりで手一杯だ。

 恐ろしい間違いを修正するために、私はうまく言えるかはわからないけれど、あの青年に感じたものを伝える。

「そうじゃないの、ただ懐かしい感じがして……」

「懐かしい? 異世界から来たというのに、この世界に知り合いがいるのか?」

「そうよね……ありえない、わよね。でも、初めて会ったはずなのに、目が合ったら切なくて……泣きそうになった。自分でもどうしてこんな気持ちになるのか、わからないの」

 ぎこちなく笑って、私は服の上から胸をおさえる。今も思い出すだけで、悲しいような嬉しいような根拠不明な感情がわきあがってくるのだ。

「若菜はこの世界に来てから、たくさんの人を救っただろう。もしかしたら、どこかで助けた患者なんじゃないのか?」

「うん……そうかも。変なこと言ってごめんなさい」

 私は「おやすみなさい」とシェイドに声をかけると、それ以上追及されないように幕舎に戻る。自分の寝床に戻ると、私は身体だけでも休めないとと横になった。

 シェイドには忘れてなんて言ったけれど、あの青年のことが頭から離れない。瞼を閉じても目が冴えてしまって眠れる気配は一向に来なかった。




 翌日、患者の治療をマルクやオギたちに任せた私はサバルドの民を襲った病原菌の発生原を探って聞き込みをしていた。
 アイドナへはシェイドとローズさんが向かったので、私はアスナさんと一緒だ。

「食中毒らしき患者の中には、リンゴを食べてない人もいましたね」

「やっぱ、若菜ちゃんの言った通り、水かこの地で育った作物か……特定するには範囲が広すぎるよね」

「仕方ありません。地道ですが、片っ端から調べましょう」

 腕まくりをして改めて意気込むと、隣を歩いているアスナさんが「そういえばさ」と切りだす。

「若菜ちゃん、なにか悩んでる?」

「えっ……私、そんな顔してました?」

 自分の頬に手をあてながら、思い当たる節があったので焦る。

 あの銀髪の青年やなにかを隠している様子のシェイドとローズさんの態度。はっきりしないことが多くて、無意識のうちに表情に出ていたのかもしれないと反省する。
 
「いや、顔には出てないけど、はりきりすぎてるところが心配かな」

「あ……アスナさんって、意外と鋭いですよね」

「若菜ちゃんは、さらっと毒を吐くところがシェイド王子に似てきたよね」

 苦笑いしているアスナさんに、私は今さら遅いけれど口元を両手でおさえる。
 
 意外とって、失礼だったわよね。私、本当にシェイド化してるのかもしれない……って、それはさておき。アスナさんはいつも軽いけど、人の小さな変化によく気づく人なのよね。

 落ち込んでいるときに気分転換に町に連れ出してくれたり、アシュリー姫に気後れしている私の背中を押してくれたのは決まってアスナさんとローズさんだった。 
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