異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「シルヴィ先生、眉間のしわがいつにも増して酷いですよ」

「うるせぇー」

 シルヴィ先生は首から下げている小瓶の蓋を開ける。中に入っているのは精神安定剤代わりに持ち歩いている乾燥ハーブで、シルヴィ先生は匂いを嗅ぐとふうっと息をついた。

「私たちはこの状況を好転させるために来たんです。それにもし、なにかあったとしても私とシルヴィ先生なら最強です。どんな怪我も病気も治してやりましょうよ」

 拳を突き出せば、目を点にしていたシルヴィ先生が頭を乱暴に掻いて同じように拳を合わせてくる。

「お前……ほんっとに全部が規格外だな。お前が言うと、なんでか本気で大丈夫な気がしてくるからすげぇよ」

 シルヴィ先生の顔に自信が戻ったのと同時に、アージェが「そろそろ、砦の状況を聞きたいんだけど?」と言いながら私たちの間に割り入る。
 シルヴィ先生はアージェを指差して、私にげんなりした顔を向けてきた。

「お前、敵の騎士団長の次は隠密まで拾いやがったのか」 

 敵の騎士団長とはダガロフさんのことだろう。シルヴィ先生はエヴィテオールの王宮奪還の際、連合軍には加わっていなかったので、その際に出会ったアージェとは面識がないのだ。
 アージェは「聞き捨てならないなあ」と口では言いつつ、笑みを浮かべたままダガロフさんの腕にしがみつく。

「俺と団長が捨て犬みたいな言い方じゃんねー?」

「いいから、そろそろ話を始めてくれないか……」

 ダガロフさんは疲れた顔でエドモンド軍事司令官に視線を投げる。場所は違えど、彼の苦労性はどこでも健在らしい。
 エドモンド軍事司令官はやっと出番かと舌打ちをしたあと、表情を消す。彼の纏う空気は冬の夜明けの如く凍てついていて、砦の仲間が心配なのだとわかった。

「三日前、砦の伝令役から行き倒れになっていた兄弟を引き入れたという報告を受けた。武装をしている様子もねぇから、入国させてもいいかってな。それを聞いた国王はまずは謁見をと申したんで、伝令にはそいつらを連れてくるよう指示したんだが……伝令からの連絡が途絶えた」

 そのあとの話はこうだ。エドモンド軍事司令官は軍を引き連れて、砦でなにが起こっているのかを調査するためにここで待機することになった。
 すると、砦の門前や監視塔にローブを羽織った男たちが立つ姿が見られるようになり、何者かに占領されたという結論に至ったらしい。
 それを聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、アストリア王国を乗っ取ろうとしたレジスタンスのことだった。
 もしかして、そのローブの男たちって……。
 そう考えたのは私だけではなかったらしい。ダガロフさんやアージェと自然に視線が交わり、私はクワルトに聞かされたレジスタンスの話をすることにした。

「たぶん……そのローブの男たちはレジスタンスだと思います」

 エドモンド軍事司令官とシルヴィ先生は腕を組んで「レジスタンス?」と首を捻る。

「ええ、彼らは弱者が権力に屈しない世界を作るために弱者のための国を作るんだって言っていたわ。革命の名のもと動いてる集団で、ゆくゆくは世界を統治するのが目的だって」

 クワルトも今回の件に関わってるのかしら……。できれば、その手を汚すような事態に巻き込まれていなければいい。誰よりも性根が優しく、人を傷つけた罪に心を痛めていたから。
 チクチクと刺すように痛む胸を服の上から押さえれば、私の異変を即座に察知したダガロフさんが「あとは俺が」と肩に手を載せてくる。

「俺たちも彼らとはすでに接触している。戦闘能力や人心掌握に長けていて、実際にアストリア王国が一度は落ちた」

 ダガロフさんのひと言に、その場が水を打ったように静まり返った。それもそのはず、国ひとつを崩落させるほどの力を持つレジスタンスが自国にその手を伸ばしてきたのだ。
 エドモンド軍事司令官は忌々しそうに顔を歪める。

「そいつらの詳しい事情は知らねぇ。ただ、俺は自分たちの不幸を生まれた世界とか権力者とか、他のせいにして勝手な思想を掲げて、この世界を手中に収めようとするヤツが嫌いなんだよ。このミグナフタ国に足を踏み入れたことを後悔させてやる」

 エドモンド軍事司令官とシェイドは顔を合わせれば口喧嘩ばかりだが、似ている。
 シェイドは家族を殺した実の兄を憎んでいたけれど、弟として向き合うと決断した。
 エドモンド軍事司令官もシェイドと同じで、たとえ自分の境遇を恨みたくなるほどのことがあったとしても正しい道を行こうとする強い人なのだろう。
 けれど、そう強く在れるのは自分が孤独ではないからだと私は思う。本当に孤独で頼れる人もいない状態で、そんなふうになにかを憎まずに腐らずにいられるだろうか。
 彼らは……自分たちが幸せになるために必死にもがいているのかもしれない。
 レジスタンスを悪だと簡単に線引きしてはいけない気がした。それよりも彼らを生んだ世界の在り方に問題があるのではないかと思議している私の目の前で、エドモンド軍事司令官は切り替えるように砦内部の設計図を積まれた木箱の上に広げる。

「今回の作戦について話すぞ。砦内の構造は実際に籠城戦で使ったからわかってると思うが、軍事設備が整いすぎてやがる。敵があの設備を自由に使えるとしたら、俺たちは圧倒的に不利だ」

 四方にいくつも設置された大砲と鉄の防壁、広範囲まで見渡せる監視塔。攻撃にも防御にも対応できる砦を落とすのは一筋縄ではいかないのだ。
 敵の脅威がどれほど強大なのかを知って、みっともなく身体が震える。
 皆は少しも怯えたりしていないのに、私が怖がってどうするの。大砲の前に出るのも、剣を受け止めるのも、ここにいる皆なのよ。
 自分の腕の服を握り、恐怖に耐えていると音もなく隣にやってきたアージェが私にくっつくように立つ。

「アージェ……?」

 作戦会議の途中なので小声で彼の名前を呼んだのだが、アージェは素知らぬ顔で前を向いたままだった。
 もしかして、私が怖がってるのに気づいて……?
 それで寄り添ってくれたのかもしれないとわかったら、なぜだか震えが引いていく。

「ありがとう、アージェ」

 お礼を呟けば、少しだけアージェの耳が赤くなる。アージェは私の恐怖に気づかないふりをしてくれたので、私も彼が照れていることは心の中に留めておいた。
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