似非王子と欠陥令嬢
「…兄上。」

「ん?
なんだい?」

ハリーは顔をくしゃくしゃに歪める。

大粒の涙が一雫床に落ちた。

「ご……めん…なさ…い。」

しゃくりあげながら何度も謝る。

そう言えばまだ彼は11歳か12歳。

キャロルが言えた事ではないがまだ充分子供なのだ。

ルシウスが困った顔をしながらハリーの頭を撫でる。

「…えっとキャロル。
これは一体何があったんだい?」

「さあ?
私はなにも。」

キャロルは紅茶に口を付けながら羊皮紙に向き合う。

仕事が溜まっているのだ。

後は兄に任せてしまえば良い。

きっと何かが変わるはずだ。

それはきっとこの兄弟の力となる。

時計の針が進む音がはっきりと聞こえた気がした。

「…キャロル本当に手を出したりしてないんだよね?
かなり泣いてるんだけど。」

「しつこいですよ。
机を蹴り飛ばしただけで弟君には一切手を出してません。」


多分この兄弟は良い方向に変われるだろう。

王妃様の事もあるからすぐにとはならないかもしれないが。

きっといつか壁が溶けるはずだ。

そんな2人の作る国ならば仕えてやっても良いかもしれない。

泣き疲れて眠ってしまったハリーをベッドに運ぶルシウスを見て何となくそう思った。

「…キャロル。
ありがとうね。
キャロルが何か言ってくれたんだろう?」

「私は別に何も。
机を蹴って茶器を割っただけですから。」

「…うん。
だとしてもありがとう。
キャロルのお陰だ。」

ルシウスの目がふんわりと弧を描く。

だが眉が少し垂れている。

もしかしてこいつも泣きそうなんじゃないだろうか。

表情が歪んでいる気がする。

「…汗酷いんでシャワー浴びてきます?」

「え?」

「汗か涙か知りませんけど流して来たらどうです?」

「…ありがとうキャロル。
シャワー借りるね。」

ルシウスがバスルームの扉を閉める。

シャワーの水音に紛れて小さな嗚咽が聞こえた気がした。

きっとルシウスは初めて弟に心から兄だと認められたのだ。

化け物と罵られる事もなく。

今日位は聞いてないフリをしてやろう。

「…人騒がせな兄弟。」

ポツリと呟いたキャロルの目は言葉とは裏腹に優しげな光を灯していた。
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