きっともう好きじゃない。
「これ、なんでわたしに?」
渡したいものと言って差し出したこれだけでは事足りないのはもちろん、わたしが受け取るべきものとは思えない。
真っ向から疑ってしまうのは、まおちゃん関連のまた別の理由だったりする。
「持っていたくなかったからね」
「え?」
「それ、別にいらないし。なるべく遠くに持って行きたかったんだ。あとは……まあ、普通に可愛いから。和華そういうの好きかなって」
なるべく遠くに。
篠田さんの話を聞いて、ポケット越しの薄く小さな箱に触れる。
まおちゃんにあげるつもりだったのに、咄嗟にここに持ってきた理由ってなんだろう。
会うのは篠田さんだとわかっていた。
帰りにまおちゃんの家に寄るつもりもない。
わたしは、わざわざ遠くに出向くつもりはなかったけど、篠田さんはそれだけこのマフィンを遠のけたかったんだと思う。
篠田さんが欲しかったのは陽日さんからのチョコレートで、わたしのなんていらないだろうし、困るかもしれない。
だけど、可愛いからって理由はきっと誰にでも通用するもので、わたしでなくてもよかったはずだから。
これを押しつけるくらい、許されるよね。
「篠田さん、手出して。目瞑って」
「え、なに? 手出すの? それはちょっと……こんな往来じゃ無理」
「馬鹿なこと言わないでください」
ちょっとだけニュアンスを変えてからかうけど、それに乗っかることも照れることもない。
つまらないなあって小さく呟きながらも素直に両手を差し出して目を瞑った篠田さんの顔の前にチョコレートの箱を突きつける。
「いいですよ。目、開けて」
「え、なんだったの。って、うわ! なに……」
出してって言った両手に素直に乗せてやらなかった。
突きつけた箱のせいで篠田さんがどんな顔をしているのかは見えないけど、声だけでもすごく驚いているのがわかる。
初めて見る篠田さんの慌てっぷりにひとしきり笑って、宙に置いてけぼりを食らっている両手に握らせた。
「わざわざ買ってきたとか、じゃないよな」
「まさか。それ、まおちゃんに用意してたやつですよ」
「へえ、まおちゃん、ね」
ニヤッと篠田さんが浮かべた嫌な笑みに、失言したなって思う。
この間は徹底してまおちゃんを『眞央』って呼んだのに、ついいつもの呼び方に戻ってしまった。
そこに目敏く気付くのはいいけど、わざわざそんな反応をしなくても。