オープン・ステージ
3-9
 ディスプレイには父の名前が表示されている。


「お父さんだ。珍しい……」


 普段、父から電話をかけてくる事なんて滅多にない。


「出ないの? 僕は席を外した方がいいかな?」

「ううん、大丈夫」


 そう言って、私は通話ボタンを押した。


「はい……」

『あー、お父さんだけど。……螢か?』

「うん」

『もうすぐ暗くなるぞ。今どこに居るんだ? なるべく早く帰ってきなさい。あー、……少し三人で話そうか』

「……分かった。雷が行ったら帰るから」


 電話を切ると、静かに座っていた佳くんがこちらを窺うように見た。


「三人で話そうって」

「うん。それがいいね。君の思いの強さがご両親に届くよう、僕も祈っているよ」



 帰宅後、家族会議が行われた。

 私は自分が思っていることを全て話した。
 最初は上手く言葉に出来ないかもしれないと危惧していたけれど、話し始めたら意外と思うように言葉が出てきた。

 母は頑なに反対していたけれど、珍しく父が助言をしてくれたお陰で、渋々ではあったけれど、期限付きで許してくれた。
 父が口を挟むことが珍しかったので、母も何かを思ったのかもしれない。

 許された期間は五年。
 正直、五年では厳しい。短すぎる。

 それでも、挑戦するチャンスを貰えたのだから、ありがたく思うべきなのだろう。


「ありがとう。約束通り、大学はちゃんと卒業するから、今の話、忘れないでよね」

「分かったわよ」


 父をちらりと見る。父は満足そうに微笑んでいた。
 母がキッチンへ行った隙に、私は父へ聞いてみた。


「お父さん、どうして味方になってくれたの?」


 すると、父は母に聞こえないように声を抑えて言った。


「実はお父さんは、若い頃に歌手になりたくて、家を飛び出したことがあったんだよ。まあ、お前の祖父ちゃんが許してくれなかったから、大したこともやれずに諦めたんだけどな」


 驚きだ。
 親戚でカラオケに行ったときなどには、自分から歌ったりしない人なのに。


「そうだったんだ」

「そう。だから、螢がやりたいと思う事があるなら、やらせてやりたいと思ったんだよ」


 父の優しさに、冷えかけていた胸が温かくなった。


「お父さん、ありがとう! 私、頑張るね」

「ああ、頑張れ」


 部屋に戻ってすぐに二人に報告すると、二人とも自分の事のように喜んでくれた。


【あと二年半は真面目に勉強だなぁ】

【落第したりしてな】

【しないよ!】

【部屋探しに困ったら、僕が紹介してあげるからね】

【ありがとう】

【二年半か。あっという間なんだろうな】


「……」


 ふと、俊太に言われた言葉を思い出す。


〝俺は嫌だよ。お前と離れるのは〟
〝お前が近くに居ないなんて、考えられない〟


「……」


 次は、二人のことを考えなければ。

 ちゃんと答えを出さなければ。
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