愛は貫くためにある
「…だめだろ、抵抗しちゃ。ほら、お粥をこんなに零して…」

拓真は口から零れた少量の粥を指で掬って舐めた。それでも、少しだけ麗蘭の口から零れている粥を、拓真は自分の舌で舐めた。

『…!』

麗蘭の体がびくんと跳ねた。

「こんなに零して…」

麗蘭、と呟きながら拓真は、自分が舐めた箇所に指で触れた。
「麗蘭、ちゃんと食べて。心配になるから」
拓真は皿に置いていたスプーンを手に持ち一掬いした後、自分の口に含もうとしたが、腕を掴む麗蘭に阻まれた。

『ま、っ、て』

麗蘭が掴んだ拓真の腕に力を込めた。

「ん?どうした」

『く、ち、う、つ、し?』

麗蘭が首を傾げたので、疑問形だと拓真はすぐにわかった。
「そうだよ」
拓真がそう言うと、麗蘭の顔が再び曇り出す。
『じ、ぶ、ん、で、た、べ、る』
麗蘭はそう口を動かして、ゆっくりと自分の手で粥をスプーンで掬い、口へと運んだ。

(麗蘭は…僕から距離を置いている。
僕から離れようとしている。
蘭ちゃんとのことを、とても気にしてる。優しい麗蘭のことだ。
僕と蘭ちゃんに気を使って、僕から離れようとしているのは目に見えている)

拓真は、粥を食べている麗蘭をじっと見ながらそう思った。

(麗蘭…離れるなんてことは許さないからな)

拓真は我慢できずに、麗蘭を抱きしめていた。粥を食べていた麗蘭は、驚いてスプーンをテーブルに落とした。
かちゃん、というスプーンが落ちた音だけが辺りに響いた。


ある日の朝、拓真と蘭子はレストランの開店に向けて慌ただしくしていた。
大知と健も、二人を手伝っていた。
そんな中、麗蘭が厨房の入口に立っていた。

(拓真さん、蘭子さんと楽しそう…)

麗蘭はまだ起きたばかりで目を擦りながらも、そのことだけははっきりとわかった。

迷惑かと思いつつも、麗蘭は拓真の近くへ行った。麗蘭は拓真の服の袖を引っ張った。

「ああ、麗蘭。おはよう」

麗蘭は、拓真の素っ気ない挨拶に多少傷つきはしたが、拓真と少しだけ話したいと思っていた。

『た、く、ま、さ、ん』

麗蘭がそう口を動かしていたが、
拓真は煩わしそうに顔を歪めた。

「麗蘭、今忙しいんだ。開店前で忙しいというくらい、わかってるだろ?
あとにしてくれよ」
拓真はそう言って、麗蘭に冷たく言い放った。拓真は麗蘭から離れ、蘭子の近くへ行った。
「麗蘭ちゃん、悪いけど今忙しいの。邪魔しないでくれる?」
麗蘭は俯いたまま、厨房から出ていこうとした。しかし、大知と健に少しでも話を聞いてもらいたくて、大知と健の服の袖を同時に引っ張った。
「姐御…いや、麗蘭さん。今忙しいんで、後にしてもらっていいっすか」
健の言葉に、麗蘭は目を見張った。
「れ、れ、麗蘭さん。すいません、今忙しいんで」
大知も逃げるようにして蘭子と拓真のもとへ走った。

(れ、麗蘭さんって……健さん、大知さん、どうして…?いつも、姐御って呼んでくれてたのに…)

麗蘭はその場に立ち尽くした。

「姐御!どうしたらいいっすか」
「ああ、それはね」
蘭子がにっこりと健に微笑んだ。
「姐御!俺、こっちやっときます」
「ありがとう、大知」
麗蘭は、自分だけ蚊帳の外だと感じた。

(わたしは麗蘭さん、で、蘭子さんは姐御……そっか、拓真さんは蘭子さんを選んだんだ)

麗蘭は、黙ってその場をあとにした。



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