夏が嫌い
「あっつい……」

思わずそう口に出てしまった。

このクソ暑い真夏の中、あたしは何故かこの長い坂を登っている。
すぐそこの木の影でセミが鳴いていて、あたしの目の前を中学生カップルが通り過ぎていく。

……鬱陶しい。

早く帰りたいとすら思った。
せっかく家でシャワーを浴びてきたのに、服の下で汗がダラダラと流れているのが分かった。

やっと目的地に着くと、そこにはまだ誰もいなかった。
木の影で薄暗く涼し気なそこは、ある人との待ち合わせ場所に指定された場所だった。
始めて来たけど、ちょっとした神社のように見える。

待ってる間、あたしは身体中の汗をシートで拭きとった。
部活でも使ってるお気に入りのせっけんの香り。
あー。スッキリした。

「ごめん。先輩、遅くなりました。」

後ろから声が聞こえて振り返った。

「おっせーよ。」

あたしはそこに立っている後輩の和磨にそう吐き捨てるように言った。

部活帰りなのか、中学の体操着を着ている。

「……怒った先輩もかわいいですね。」

和磨はそう言って微笑んだ。

……昔から変わらない。
こいつは妙なヤツだ。

和磨は中学時代のバスケ部の後輩だった。
運動神経が良く、さらには背も高くてイケメンときている。
もちろん、女子達にもモテていた。

彼女もとっかえひっかえだったらしいが、今は中1の中で一番かわいい女の子と付き合っているらしい。

それに引き換えあたしはというと、ついこの間高校に入ってできた彼氏に振られたばかりだった。

そんな中、SNSで真っ暗アイコンで愚痴をこぼしていた矢先、和磨から連絡がきたのだ。

『久しぶりに会いたいです。』

最初は無視をするつもりだった。
なにせよ彼には中1の彼女がいるのだ。
……最低。
私はそう思った。
あたしが彼女なら怒り狂って怒るだろう。
和磨のSNSを見ると、彼女とのツーショット写真で溢れかえっている。

それを眺めていると、つい、幸せそうな彼女を憎んでしまった。

壊してやりたいと思ってしまったのだ。

和磨のことはこれっぽっちも好きではなかったけど。今はそんなことはどうでもいい。

ただ、誰かに必要とされたかった。

それだけのために、私は今ここにいる。

「じゃ、行きましょうか?ここ、暑いですよね。」

「……うん。」

和磨の家に行くのは初めてだ。
男の家に行くのは慣れてるけど、こんなに罪悪感を持って入るのは初めてだった。

「今、飲み物取ってくるんでくつろいでてくださいね」

そう言って和磨は部屋にあたしを残して1階へ降りていった。

和磨の部屋を見渡すと、あたしが引退する前のバスケ部の写真が飾ってあった。

「……懐かしい。」

あの頃は楽しかった。男バスと女バスは仲が良かったし、よく皆で遊んだりもしたな……

「……あ?」

そんな昔の思い出に浸っていると、バスケ部の写真の隣に和磨と彼女のツーショット写真が飾られていた。

……最悪。

あたしはその写真をガッと掴み裏返した。
彼氏にフラれたてのあたしには、その写真は地雷でしかなかった。

「あ、そのバスケ部の写真、懐かしいですよね。」

和磨は氷の入ったお茶を机に置きながらそう言った。

「……うん。なんでこんな昔の写真なんか飾ってんの。」

今の部活でも写真は撮らないんだろうか。和磨にとっては中学最後の部活だろうに。

「ん~、先輩が写ってるからかな……」

和磨は照れくさそうにそう言った。

「……あんたね、彼女いんのにそんなこと言う?からかってんの?」

あたしはちょっと怒り気味にそう言った。

「だって、今の彼女……まだまだ小学生な感じが残ってて……まぁ、そこがかわいいんですけど。」

「……彼女大事にしなよ。」

そんなこと、ちっとも思ってないけど。

「ふふ、じゃあなんで先輩はここに来たの?」

和磨はそう言ってあたしをベットへ押し倒した。

「別に……アンタが会いたいって言ったから、来ただけ。何があっても責任なんてとらないから。」

「……先輩はずるいなぁ」

そう言って和磨はあたしにキスをした。
優しいキス。それから無理やり舌を入れてきた。
……こいつ。

そう思いながらもあたしは和磨に身をゆだねた。
和磨の優しさとちょっと強引な手に、心が満たされていく。

今あたし、最低なことしてるのに気持ちいいと思ってる。和磨の彼女にざまぁ見ろって思ってる。

それが、とてつもなく最高な気分にさせてくれた。

ピンポーン

いきなり家のインターホンが鳴った。

「……あらら、こんな時に誰だろ。」

和磨は窓の外を見た。すると、

「げっ、先輩ごめん……。ちょっと行ってくる!」

そう言って和磨は慌てて服を着て出ていってしまった。

……なんだあいつ。あんなに慌てて。

なにげに初体験が和磨になると思ったけど。まさか寸止めなんて。

早く来いよ……なにやってんの。

あたしは窓の外をソーっと覗いた。

そこには和磨と話している女の子がいた。

……あれって彼女じゃん。

まさか彼女に邪魔されるとは。
なにを話しているんだろ……。

じーっと二人を眺めていると、二人はとても楽しそうに笑っている。

その瞬間、その光景をフラれた彼氏とあたしを重ねてしまった。

「……はぁ、なにしてんの、あたし。」

「ごめんごめん、先輩!おそくなっちゃって……って、あれ?先輩…帰っちゃうの?」

「うん、アンタが長々と彼女ちゃんと楽しそうに話してるから、なんかバカらしくなっちゃって。」

あたしはそう言って和磨の部屋を出ようとした。

「……すいません。先輩。」

そう言うけど、和磨はあたしを止めようとはしなかった。

「……ん。じゃ。」

あたしは込み上げてくる何かを押し殺しながら家を出た。

家を出た瞬間、我慢していた涙が溢れ出てくる。

あたし、最低だ。

窓から見た二人はとても幸せそうで、そんな二人を眺めてるあたしがとても醜く思えてしまった。
心が、一瞬で罪悪感に変わってしまった。

照りつける夏の太陽は容赦なくあたしに注がれる。

「あっつい……」

また服の下で汗がダラダラと流れているのが分かる。

もう何もかもが最悪だ。

あたしはそう思いながらも来た道を辿って坂を降りていった。



end夏が嫌い
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