ビタースウィートメモリー

悠莉はすっかり忘れていた。元カノその2と対面するのは今日である。

慌てて手帳をめくるが、幸い予定は何も入れてなかった。

「口約束だったから忘れていた!何も入ってなくてよかった……」

「俺も、今確認してよかった。じゃあ今夜もよろしく」

一昨日、大地の家で約束をしたのを思い出し、悠莉は自分の頭の容量を呪った。

少しでも仕事から外れると、あっという間に予定を忘れてしまうのだ。

「ちょっと待って、さすがにこんな大荷物で出社したら詮索される」

ホームに降りた瞬間、大地は自分の格好と持ち物がちぐはぐなことに気づいた。

グレーのスーツを着て、部活帰りの高校生のような大きな黒いリュックを背負っているのだ。

ビジネスバッグも持っているため、まとまりがない。

「確かに変だな。改札前にコインロッカーあるだろ。預けてくれば?」

「そうする。青木、先行って。俺たち二人揃って出社したら、変に勘繰るやつがいる」

「わかった」

密かにその存在を噂されている〝小野寺大地ファンクラブ〟だが、悠莉も大地もそれが実在すると知っていた。

去年、大地が気まぐれに寝た女性の一人が、まさにそのファンクラブの会員だったのだ。

大地にアプローチしてはいけない、仕事以外の話しはしてはいけない、親しくなりすぎてはいけない、などルールがたくさんあったが、悠莉はあまり覚えていなかった。

それよりも、大地と寝た女性が何人もの女性社員に睨まれ、無視され、会社を辞めるに至ったことのほうが記憶に新しい。

ファンクラブの掟を破る存在である悠莉については意見が別れているらしく、何年経っても付き合う素振りすら見えない悠莉は特例として認める派と、大地に近づく女性は一切認めない派で、日夜戦いがあるらしい。

経理の女性社員は認めない派が多数のようで、大地がいない時にうっかり足を踏み入れようものなら、提出する領収書にケチをつけようと必死である。

社会人にもなってみっともない、と冷たい目で彼女達を見てしまう一方で、悠莉は少しだけ彼女達が羨ましかった。

そんな風に誰かを激しく求め、愛することが出来るのは凄いと、純粋にそう思う。

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