ビタースウィートメモリー

episode2




夕方の会議を終えてコピー室で明日使う資料の準備をしているときに、今日は大地から一度も連絡が来ていないことに気づく。

気づいてからは、連絡がない理由を考えてはモヤモヤし、彼女でもないのになぜ気にするのか、と自分に嫌気がさした。

先週までは毎日連絡をとったりなどしなかったのに、たった数日で大地が側にいるのが当たり前になってしまったのが恐ろしい。

明日は出社せずに、朝から大阪へ出張である。

今日会わなかったら、木曜日まで大地とは会わない。

出張があることは、大地も知っているはずである。

新幹線と会食の領収書をまとめて木曜日に出すことは、昨日会った時に伝えた。


「……あいつ何考えてんだ」


ため息混じりの独り言は、無人のコピー室でよく響いた。

大地の考えがまったく読めない。

冷静になってこれまでの経緯を思い出してみると、決定的な一言をもらっていないことに気づく。

アメリカではまず見かけない日本独特の風習、告白である。

余計なすれ違いや誤解を生まないこの習慣は大変合理的だ。

せっかく日本にいて日本人を相手にしているのに、それも際どい発言まで出ているのに、いまだ「好きだ」とはっきり言われていないのはどういうことか。

友人達の過去の恋愛で、これに似たケースはいくつか見てきたことがある。

そのどれもが、付き合っていると思っているのは友人だけで、キープされているかセフレ扱いされていた。


大地が女性にだらしないのは今に始まったことではないし、その気になれば恋愛経験の乏しい女の一人や二人、容易に落とせるだろう。

彼の気持ちが確信出来ず、悠莉の胸の内にはジワジワと不信感が広がっていった。

いつ大地と話をすれば良いのか考えていたその時、コピー室の外から甲高い女性の声が二つ聞こえた。


「何よあの女!」

「小野寺くんの新しい彼女かな?」

「やめてよ、あんな悪趣味なの」

「確かに、会社の前であれはないわ」


かしましく興奮した様子で話す彼女達の声に、悠莉はコピーした書類を手荒くまとめて自分のデスクに戻った。

タイムカードを押し、すれ違う人々に挨拶をして、早足でエントランスホールまで出る。

ほとんど直感で玄関に出た悠莉だが、悪い予感とはよく当たるものだ。


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