題『私という僕という少女💟物語(女×女』
題『僕とオレと私』

私にはうまい生き方なんて出来やしない
 いつも目の前に出てきた小さな恋にだって大きな夢を膨らませ、心が満たされる事で安心している。相手が弱い人間に見えようとも、その人が私の支えになってくれる事を、切に願いながら。
 小さな人間なのかもしれない。
 この先将来を見失って路頭に迷うかもしれない。
 そう思いつつも昔は恋に憧れを抱きながら生きていたよ。
「私」がまだ自分を「僕」と名のっていた頃までは……。



 その『女性』は夜の賑わう居酒屋の中で知り合いと思われる若い男女の前で、そう、赤裸々と語った。
「へぇ~、鉱夫さんにもそんなナイーブな一面があったのね~」若い女が言った。
「本当、意外ですね……」若い男が言った。
「……まあ過去の話はこれ位にして、私は帰るわ、明日も仕事だしね、あなた達暇人と違って」そう言うと女性は席を立った。
立った拍子に天井からたれさがっていたこの部屋を照らす豆電球がその女性の頭に当たり、左右にぶらぶらと揺れた。
女性は身長一メートル七十近くはあろうかと思われる程のその当時では大女だった。
「あっそうそうあなた達、私が帰った後も酒は飲まないでよ、酒はハタチになってからだからね」
私は店を出る間際に忠告したつもりだった。
……そうすると若い女はふくれ面になりながら言った。
「何言ってるんですか! もともとこの居酒屋に私達を連れ込んだのは鉱夫さんでしょ!」
「ははっ……それもそうだった!! 悪い、悪い……」
「でも良かったわ、鉱夫さんの昔の話が聞けて、誘ってくれてありがとうね」
「ああ……じゃあね」私は照れ臭くなって店を一歩出た所で今度は若い男が言った。
「鉱夫さん、沢山お酒を呑んでらっしゃったのですから、帰り道に気をつけて下さいよ」
「わかってるよ。じゃあね」
全く、忠告したつもりが忠告され返されちゃったな……はははっ。
私は若い男が言っていたように酒をたらふく呑み酔っていた。それは泥酔と言ってもいい程だ。私はこのでかい図体にして似つかわしくない程、酒に弱い。だが泥酔するまで酒を飲んでしまったのは訳がある。それは酒の席でつい魔が差して自分の痛い過去を話してしまったからだ……。

「さてと、帰るか……」

……帰り道、足元がふらつく。歩きながら脚どうしが絡みつき、よろけ、うつ伏せに地面に倒れこむという事を繰り返していた。今から向かう先は一人で住んでいるアパートの一室だ。
こんな状態でそこまでたどり着くのだろうか? 明日も仕事だというのに。そんな事を思いながら何度目かに倒れたときに明るい女の声が耳に入ってくるのが分かった。顔を上げてみると、そこには電話ボックスで電話の受話器越しに誰かと話をしている女子高生風の女がいた。ボックスの下の隙間から声が漏れているようだった。電話か……そうだな。 もしこのまま家に帰れなかったら明日、仲間が困るだろうな……。
同僚に一本電話を入れておくか……。
だが女の話は五分、十分経ってもとどまる事を知らない。私は電話ボックスの隣で女の話が終わるのを待った。時折漏れてくる会話の中で女が自分のことを「オレ」と名のっている事に気づいた。
私は苦笑した。なぜかって? ……それは先ほどまで居酒屋で話していた過去を思い起こさせるからだ。
――電話に……女が「オレか……はははっ――」
「そういえば昔……」

さかのぼる事15年前、この国の鎖国政策が終わりを迎えて間もない頃、この国に外国から《科学》という概念、《機械》という代物が急激に入ってきた頃の話。

――ザーザーピィーガーッガーッ――
「きっ……こえ……ま……すか……もし……し……」
「……」
「だめだ……やっぱりだめですよ、お嬢さん」メガネを掛けた痩せ身の男が大きな屋敷とも呼べる家のベランダから身を乗り出し、屋根の上にいるかぼちゃ形の帽子を被った女性に話しかける。
「待ってろ! オレの指図がないうちは受話器から耳を離すな!」
「は、はいぃ」痩せ身の男は少し怯えながら返事をした。
 その女性は屋根のてっぺんに付けられている電話のアンテナをグリグリと動かす。次第にアンテナの下に敷き詰められた屋根の瓦がガシャンガシャンと鳴り響く。
「くっそ~やっぱりだめか……まただめなのか」
「七三子、また何やってるんだ! 降りて来い」中年のスーツを着た男がその女性をにらみつけ、大声でその女性に屋根から降りるように促す。
「ちぇ……分かりましたよ、降りますよ」
 女性はそう言って下を見ると、そこには大勢の人が集まっていた。その光景を見るやいなや女性は慌てふためき降りる足は小走りになった。
「待て!  そんなに慌てると危ないぞ! ほら……あっ」中年のスーツを着た男がそう言った直後、女性は屋根瓦から足を滑らせた。
「きやぁぁぁーーー」
「わあぁぁぁーーー!」辺りに悲鳴が飛び交った。
「きやぁぁぁぁぁーーー!」
女性は叫びながら落ちていく。その途端、落ちていく女性と正反対に空へ多くの鳩が飛び立った。
ドスン。
地面に落ちる寸前、鈍い音がした。辺りが騒然としているなか地面の上の何かが女性の身体を守ってくれたようだ。落ちた女性は腰砕けになり女性のかぼちゃ形の帽子は脱げ、隠れていた真っ黒で男の子と見間違えてしまうような短い髪の毛がさわさわと揺らめいた。その女性はこの家の娘、七三子だ。
「だ、大丈夫か? 七三子?」中年のスーツを着た男は言った。
「う、うん。オレは大丈夫みたい。で、でも、お、お父さん!」その七三子という女性の尻の下には袴姿の男性がうつ伏せになり倒れ、下敷きになっていた。
「あ、あなた! あなたーーー!」隣にいた白むくを着た女性がしきりに叫び、動揺している。
「ああ、大丈夫だよ、節子、平気、平気」
袴姿の男は顔を引きつらせながらもそう言っている。どうやら屋根の下では結婚式をとり行っていたらしい。
……そう、ここは結婚式場だったのだ。
その名も海の見える披露宴会場「白亜館」

「新郎に怪我が無かったのが良かったものの、一体お前は何を考えているんだ?!」
 七三子は式場のある敷地内の母屋の一室に呼ばれ父親から説教を食らっていた。
「だって結婚式が始まってるなんて知らなかったんだもん」七三子は言った。
「私は結婚式がどうとか言ってるんじゃない! 何で屋根に登ってあんなくだらん事をいつまで続けてるんだと言ってるんだ! 電話はもういい加減に諦めなさい!」
「だって電話が繋がれば町の外からもお客を呼べるんだよ! もっと国中からこの会場に人を呼ぶ事が出来るんだよ? だからオレは……」
「何を言ってるんだ! この町に電話が広まらない理由をお前もよく分かっているだろう?」

――この国の鎖国政策が終わりを告げ、《機械》がこの国に急激に押し寄せたのはつい数年前の事。その際、電話という代物もこの国に一斉に広まり、この国に電話が普及し始めた頃、二つの様式の電話が主流となっていた。一つ目はケーブル式の電話回線。ごく一般の町並みに見られる電柱の類にぶら下がっている黒い電線仕様の物だ。二つ目はアンテナを使って電波でアンテナとアンテナ間を結び交信するという物。この町では一つ目の仕様の、電線を使って電話を浸透させようという計画が当初はあった。ケーブルでこの町の特色が他の町まで広まる事を聞いたこの町の旅館組合は一番に喜んでいた。だが、それが町にむやみに木の棒をいくつも立てて黒い糸、つまり電線が町中にクモの巣のように覆い被さると知った時、一番に反対したのもこの町の旅館組合だった。この町の、観光の町としての美観を損なうとして。その意見に町民も大半の者が賛成だった。二つ目の方法、アンテナを使って電話をこの町に普及させるという方法も、やはりケーブルを町に巣くう程ではないにしろ美観を損なうという意見が出た。……まだこの時期、電話がどれ程までに有益な代物かなどと気づく者は、「さほどいない時期の数年間」だったのだ。だが、アンテナを使う電話の使用方法は大きな財力を持つごく一部の町民には密かに広まりつつあった。しかしそれにも問題はあった。
「市の方からも私らのような観光の客寄せになる職業についている者たちにはアンテナを使った電話の試用方法は許可が下りている。だがな、七三子、お前も聞いているだろう? 専門家の話によるとこの町は磁場の関係とかいうもので電話がうまく繋がらないらしいという事を。だからいいか七三子、電話なんかはもう諦めて、お前は来年の受験の為に勉強に集中しろ……」
「もういい!! お父さんにオレの気持ちなんて分からないよ」七三子は立ち上がった。
「こら! 七三子! その『オレ』という言葉使いもいい加減やめろ! お前ももう年頃の女性なんだぞ」
 七三子は父親を睨み付け「オレは……オレだよ!」と言って部屋を立ち去ろうとしている。
「七三子! お前に受験の為に家庭教師を付けたからな。しっかり勉強をするんだぞ」
「余計な事するなよ!」七三子はそう言って部屋を出て行った……。 
その足で七三子は母屋の屋根裏部屋に向かった。
 薄闇がかった屋根裏部屋で七三子の事を待っていたのは多くの鳩たちだった。
 クルゥック……クルゥック……
 七三子はなれた様子で屋根裏部屋の明かりをつけた。ここに集められている鳩は式典に使われる鳩たちだ。式典に使われる以外にも伝書鳩としても活躍している。この電話の無い町ではこの鳩たちが人々の思いを伝える一つの手段となっていた。
「ふぅ……ここに来ると落ち着くんだよな……」
 七三子は窓を開け外を見た。眺めの良い町並みとさんさんと光る太陽、そしてその視線の先にはコバルトブルーに輝くとても綺麗な海があった。
 やっぱりこの町はすごい。こんな綺麗な海が見える町なんて世界中探したってここだけだ。オレやってみせる! この式場、この披露宴会場を世界一にしてみせる!!  
 七三子は幼い頃から決意していたのだ。この家の家業は自分が引っ張っていくと。
「……やっぱり……勉強も頑張んなきゃだめだよな……家庭教師か……うまくやって行けるかなあ……」
 七三子は窓に腰掛、外を眺め続けた。

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