ピュアダーク
「君は自分の名前について何も疑問に思わないのかい? 自分の名前を呟いてごらん」

「私の名前? ……ベアトリス・マクレガー」

「マクレガーはこの地域出身を意味する名前の一つ。そしてベアトリスも幸せをもたらす女性の意味がある。さらに王女様の品格も添えられている。君はこの土地で人々を幸福にする使命を帯びて生まれたんだ。だけど君は何も知らされず、ここから離れ本来の暮らしとは違う生活を強いられている。君は真実を知りたくないのかい? 私は君の魂をいつでも自由にすることができる。私が必要になったとき、強く私のことを念じて欲しい。その時私は迎えに行く」

 ブラムは一方的に言うことだけ言うとすっーと姿を消した。

「待って! どういうことなの?」

 ベアトリスが我に返って意識を強く持ったとき、辺りの風景は見慣れたいつもの景色に戻っていた。

 頭の中を引っ掻き回されたようで放心状態になりながら、暫くその場所に根を生やしたように突っ立っていた。

 いつまでも突っ立っているわけにも行かず、心を囚われたまま、ただ足だけ動かしていると、気がつけば家の前についていた。

 頭の中は飽和状態で筋道がうまく立たない。当惑したまま家のドアを開けた。

 赤いエプロンを着けたパトリックがにこやかに出迎えてくれた。

 しかしベアトリスの様子が おかしいことにすぐに気がつき、怪訝な表情になった。

「おかえり、どうしたんだい、なんか元気なさそうだ。どこか具合でも悪いのか?」

「えっ?」

 ベアトリスは頭の中には、パトリックの言葉も入らなかった。

「どうした? 熱でもあるんじゃないか?」

 パトリックがベアトリスの前髪をかき上げて自分の額と合わせた。

 ベアトリスはまたパトリックの顔をまじかに見て、驚いてやっと我に返った。

 だがもう拒む力も残っていなかった。

「熱はないようだけど、やっぱり変だな。なんか友達とあったのか?」

「友達?」

「一緒にどこかへ行ってきたんだろう」

 ベアトリスは思い出したくない事柄を思い浮かべると、スイッチが入ったようにまた涙がこぼれそうになった。しかし必死に堪える。

「どうしたんだ? もしかしていじめられたのか」

 ベアトリスは首を横に振り、パトリックを見つめた。

「パトリックの言ったこと正しいのかもしれない」

「僕が言ったこと?」

「うん。忘れた方がいいって言ったでしょ」

「へっ?」

 ベアトリスはそういい残し、自分の部屋へ無気力で入っていった。

 パトリックは唐突に言われてなんのことかわからず、暫くたたずんでいたが、セットしていたタイマーのアラーム音が聞こえると慌てて台所へ走っていった。

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