コール・ミー!!!
「あの、佐伯さん?」



「何?」



漆戸さんは、珍しく言いにくそうにもじもじしていたが、急に思い切った様子で、瑠衣の机にに近づいて、こう切り出した。

「良かったら、今日の放課後、一緒にテスト勉強しませんか…?」

瑠衣は驚いた。
まさか漆戸さんが、自分を誘ってくれるなんて!

…でも、いつも学年10番以内に入っている漆戸さんが、瑠衣と一緒に勉強するメリットなど、果たしてあるのだろうか。
彼女の場合は1人で勉強した方が、よほど効率が良さそうだが。

でも、助かる!!


「是非、お願いします!」


瑠衣は、即答した。

「…私と一緒でいいの?私は勉強苦手だから、教えてもらう専門だし。…特に数学は壊滅的だよ」

漆戸さんは、知っています、という風に頷いた。

「その数学を放課後、戌井君に教えてもらう事になったんです。…私も苦手で」

瑠衣は、突然ピンときた。
漆戸さんが、瑠衣を誘ってくれた本当の理由。



「戌井君と2人っきりだと、緊張するから?」


漆戸さんは、顔が真っ赤になった。


「な、な、な、何を言っているんですか!!わ、わ、私は別に……そういうわけでは……」


「……そう?」



「…いえ、…本当は、緊張します」



漆戸さんは蚊の鳴くような声で、小さくなりながら白状した。

「佐伯さんが一緒にいてくれると、…助かります」

やっぱり。
可愛いよ、漆戸さん。

「そういう事なら、喜んで。どこでやるの?」


「それが、まだ場所は相談していないんです。どこがいいでしょう」

「…図書室は今、絶対混んでるよね」

テスト前の期間だから、図書室は利用する人で溢れ返っている。とても席を確保する事は出来ないだろう。

「俺も、参加していい?勉強会」

滝君が、また突然話に加わった。
…どこから現れたのだろう。

「場所、提供するから」

瑠衣と漆戸さんは、顔を見合わせた。

「どこ?」

滝君は、2人にしか聞こえない声で、こっそりとこう言った。

「俺ん家」









滝君の好意により、勉強会の場所は彼の家に決定した。メールで住所を教えてもらい、学校が終わってから漆戸さんと2人で向かう。

彼の家は、学校から歩いて10分くらいの場所にあるそうだ。

「電車に乗らなくても学校に来れるなんて、すっごく羨ましいね」

「ホントにそうですね…。楽しみです、滝君の家」

漆戸さんと2人で話しながら歩くと、あっという間に着いてしまった。

滝君の家は、住宅地の公園側の角にある白くて広い一軒家。玄関の呼び鈴を鳴らすと、ゴールデンレトリバーの飼い犬が、人懐っこそうに中から『いらっしゃい!』と言ってくれていた。

彼が明るい声でインターホンに出る。

「いらっしゃい。戌井と東條さん、もう来てるよ!上がって」

東條さん?滝君が呼んだのだろうか。

「お邪魔します」

玄関に入ると、滝君が出迎えてくれてスリッパを出してくれた。
「家族は仕事で夜まで帰って来ないから、好きな様にくつろいで」

彼は2階の部屋へと案内してくれた。

瑠衣はスカートのポケットに入れてある、理衣にもらった小さな手作り催涙スプレーを、ちょっとだけ意識してしまう。

拓也の家に上がった時以来となる、男の子の家への訪問。

もう、あんな事が二度と、起こるはずも無いのに。

滝君と戌井君の事を疑うなど、心底馬鹿馬鹿しいと思いつつ、どうしても瑠衣は心の奥で、男の子の行動を警戒してしまう。

滝君とのあんな夢を見てしまったくせに、…ちぐはぐな事この上ない。

2階の滝君の部屋へ案内されると、8畳くらいの部屋にテーブルを並べて、東條さんが戌井君に数学を教えてもらっていた。

瑠衣と漆戸さんが部屋に入ると、東條さんはこちらを見て、悪戯っぽい微笑みを浮かべて挨拶をした。

「先にお邪魔してま〜す!」

「東條さん!」

「滝君がね、私も誘ってくれたの!本当、助かる!戌井君が教えてくれて」

どうやら数学が壊滅的なのは、瑠衣だけでは無いようだ。


時々ロボットの様にギクシャクし、赤くなりながら戌井君に、頑張って質問を繰り返す、漆戸さん。

背中を丸くし、眼鏡の角度を直しつつ丁寧に優しく、漆戸さんに数学を教える戌井君。

勉強をしに来ているはずなのに、シャープペンシルを鼻と口の間に挟み、宙を見つめてボーっとしている、東條さん。
…集中が切れた様だ。

瑠衣の左隣で1人、真剣な表情で世界史の暗記に取り組み、自分にしかわからない覚え方でノートに何かを一生懸命書き込んでいる、滝君。


勉強に集中している彼の真剣な表情は、初めて見る。


滝君は、自分がいつも過ごしているこの部屋を、瑠衣に見せてくれようとしたのかも知れない。

男の子の部屋とは思えない程、とても清潔でスッキリしている。本棚には参考書や問題集、教科書など学校関連の本ばかり。

テニスに関する本や、仲間との写真や、輝かしい県大会優勝のトロフィーなどが置いてあるのかと思っていたが、そういった物が一切何も無い。

何故だろう。
目に見える場所には、置いていないだけなのだろうか。

この部屋に無駄な物は、一切無い。

瑠衣は自分の部屋の惨状を思い出し、ついつい反省してしまう。


「間違ってるよ、ここ」


滝君の吐息が、いきなり耳をくすぐった。



超・至近距離で。



トオヤとの図書室での出来事を、
パッと思い出してしまう。



「……!」


彼と瑠衣の、目と目が合う。
体が密着しすぎていて、
身動きする気になれない。



!!!








「ここ」



滝君が瑠衣のノートを覗き込みながら、答えが間違っている部分に、自分の指をそっと当てて、教えてくれていた。
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