身ごもり政略結婚

長谷さんというのは近所に住む八十歳近い常連さん。

千歳を閉めることを話したら、顔をクシャクシャにして泣いてくれた大切なお客さまだ。

存続できると決まったとき、真っ先に父がどら焼きをお土産に報告に行った。


今でもふとした瞬間に、この結婚が正しかったのか考えてしまうことがあるけれど、父や春川さんだけでなく、長谷さんのような常連さんの笑顔を見ていると、やはりこれでよかったとも思う。

長谷さんはちょっと足腰が弱くなってきて、和菓子を届けることが増えた。
粘るものは危ないので、きんつばやどら焼きのような類が多い。

若かりしころからひいきにしてもらっている父は、長谷さんと和菓子談義をするのが好きで、時々自分で配達に行っている。


「そっか。今日もよろしくお願いします!」
「はい」


それからすぐに和服に着替えて、三十代の新しいパートの女性、土井(どい)さんとともに店頭に立ち接客を始めた。
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