僕らは春を迎えない
 

 ぎううううっと思いっきりほっぺたをつねられて悶絶する。そのまま乱暴に引っ張られて涙目になると、ムッとした顔の日野に睨まれた。


「好きなやつとしかそんなんしない。悪かったな」

「…日野は悪くないと思うぞ」

「もういいから黙って膨らませてください」

「ラジャ」


 敬礼して、笑って、怒って、からかって。他愛ない話をした。かけがえのない時間だった。

 そのときは思わないけれど、多分失くしたら振り返って大切だって抱きしめたくなる瞬間を、私たちは今、生きてる。



 それを日野に言ったら大袈裟だって笑われた。そんなこと、噛み締めなくてもいなくなったりしないよって言うんだ。だって人間、いつ何が起こるかわかんないじゃん、日野。

 歌の歌詞じゃないけどさ、ここで生まれて、出逢って、生きてるのって奇跡だよ。奇跡噛み締めて生きてんだよ、私たち。



 私は世界で苦しんでる誰かに、例えば目の前の誰かにすら特別なことは出来ない。思いがけない言葉で傷つけてるかもしれない。それでも。


 笑っててほしいって、思うから。

















 そして、文化祭がやって来た。

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