恋、花びらに舞う

隣りの部屋と聞いていたが、案内されたのはドア一枚で和真の部屋と行き来できるコネクティングルームだった。

部屋に入って荷物の整理をしながら、和真の様子に思いを巡らせた。

由梨絵と早く会えたと喜びを口にしながら、気持ちはほかの方へ向いている。

練習中の事故で負傷者が出たことが、心に重くのしかかっているようだ。

チームメンバーのメンタルサポートも大事だが、和真に安らぎを与えるにはどうしたらよいか……

片づけを終えてシャワーを済ませても、和真が帰ってきた気配はない。

帰りを待たなくてもいいと言われていたが、由梨絵は彼を待つつもりでいた。

それなのに、手を広げてもあまりある広いベッドに横たわると瞬く間に眠りについた。



気温差の厳しい夏を想像していた由梨絵は、湿度が低く思いのほか快適に過ごせることがわかると、着いた翌日から精力的に動いた。

酒井と同じく春の懇親会で一緒だった数人とはすぐに打ちとけて、初めて会うメンバーの顔と名前は事前に覚えてきたため親しくなるのは早かった。

作業中の事故で負傷したメカニックスタッフの面倒を見ながら、キッチンスタッフの手伝いもした。

由梨絵が日本から持ち込んだ食材を使った料理は好評で、このままツアーに参加してくださいと、本気とも冗談とも思える声もあがっている。

みなの顔が和む中、和真だけはまだ厳しい顔をしていた。

由梨絵がみなに受け入れられたことを喜びながら、親密になり過ぎではないかと心配もしている。

馴れ合いは気の緩みを引き起こす、先の事故も緊張が途切れた一瞬の出来事だった。

これから予選、本選と気を引き締めなければならない、甘い顔はしていられない。

その強い思いが、和真の顔をいっそう厳しく見せていた。


由梨絵が着いて三日が過ぎた。

当初の予定では今日が由梨絵の到着日で、和真とレストランでディナーの約束をしていたが、予約は早々にキャンセルされている。

ホテルディナーは無理でも、ゆっくり食事をとる時間があってもいいのではないか。

昼も夜もチームのために動き回り、満足な睡眠もとれていない、朝比奈さんに休むように言ってくださいと酒井からも頼まれていた。

どうやって和真を休ませようかと考えていたとき、「今夜も遅くなる、俺のことは心配ない」 と前日と同じことを言われて、由梨絵の我慢は限界に達した。



「そうやってあなたが動くから、みんな休めないのよ。そんなこともわからないの?」



いきなり怒られ、あっけにとられた顔の和真の腕をつかんだ由梨絵は、スタッフルームから出て、「どこへ行くんだ」 と聞く和真へ答えることなく駐車場へ向かった。

駐車場に向かう途中の大木のそばで会ったスタッフから 「あとは任せてください」 と力強い声が飛んできた。

由梨絵に腕をつかまれたまま、和真はスタッフに向かって片手をあげて無理に微笑んだ。

木陰を抜ける風が心地よい。



「日陰は涼しいわね」


「そうだな……」


「今日は帰りましょう。みんなを信じて」


「わかってる……帰ろう」



バルセロナに来て初めて聞く和真の素直な声だった。

レストランで早目の食事をとり、部屋から暮れていく空を眺めた。

由梨絵は、肩に回された和真の手をつかみ引き寄せると、向きを変えて歩き出した。



「もうベッドにいくつもりか? ふっ、いいだろう」


「シャワーが先よ」


「えっ、まだ三度目じゃない」


「変なこと覚えてるのね……」


「いいんだな。よし、いくぞ」



喜び勇んだ顔で由梨絵の手を握り直した和真は、思い直したようにうなずいて由梨絵を脇から抱え込んだ。

うわぁっと、驚き恥じらう声が部屋に響く。


「おろしてよ。ねぇ」


「いやだね」



おねがいだから……と懇願する声は、ほどなく浴室に消えていった。

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