恋、花びらに舞う


待ち合わせの場にやってきた由梨絵は、軽やかなワンピース姿だった。

ドレスコードがわからなかったけれど、これで良かった? と由梨絵に聞かれ、和真は 「うん……」 と言っただけ。

よく似合ってるよと言えばいいのだろうが、その言葉が出ない。



「あなたのそばにいるだけでいいのでしょう? 知らない人ばかりだと思うから」



由梨絵はそう言っていたが、パーティーには由梨絵を知る人物がいた。

まずは高辻壮介が由梨絵に気がついた。



「あなたは、確か芹沢さんと……」


「高辻さん、春の茶会でお目にかかりました」


「そうでした。芹沢さんは……」


「私、近頃はお稽古をお休みしております」



高辻壮介のもう一つの顔は、煎茶道 『高風流』 師範である。

由梨絵もかつて同じ流派にいたことから、高辻とは茶会で何度も顔を合わせていた。

さらに、由梨絵が交際していた芹沢圭吾は、高辻壮介の友人である。

高辻が圭吾のことを持ち出したため、由梨絵は無理に話題をかえた。

稽古を休んでいると伝えたが、本当は退会している。

由梨絵の元の恋人につながる高辻は、できるなら会いたくない相手だった。

ふたりの会話を聞いて驚いたのは和真である。

まさか高辻と由梨絵が知り合いだったとは思いもしないことで、育ちの良さと品を備えた男が、由梨絵と親しく語る様子を目にして落ち着かない。

由梨絵に声をかけて、早々に高辻から引き離した。



「高辻と知り合いだったのか」


「えぇ、お茶を習っていた時のね」


「へぇ、ゆうは茶道をやってたのか」


「そう、煎茶道。高辻さん、お家元の息子さんよ。知らなかったみたいね」



彼は高辻家の三男であるから、宗家の跡取りとなる若宗匠にはならないだろうと、由梨絵が高辻家の事情まで説明したが、和真は興味はなさそうである。



「ふぅん……あいつ、ゆうのこと気にしてたな」


「高辻さんには、付き合っている人がいるわ。長いお付き合いだって聞いたけれど」



その返事に和真は嬉しそうな顔をした。

由梨絵の腰に手をあて奥へと進み、会場の隅へ連れていく。

ふたりだけでいられる場所を求めて進んだはずが、またも邪魔が入った。



「後藤さんじゃないか」


「千葉さん。ご実家はこちらでしたね」


「うん。君は? こんなところに、どうしたの。久しぶりだね」



大学の先輩である、少し話をしてくると言い残して、由梨絵は和真の腕からするりと抜け出し千葉の方へ弾むように向かっていった。

会場の隅に置かれた花瓶が目に入った。

誰の目にも触れられずひっそりと飾られた花の前で、和真は寂しい思いを抱えていた。

こんなところ、来るんじゃなかった……

そんなことを思ったが、ここに由梨絵を誘ったのは和真である。

偶然にも由梨絵を知る男がいた、ただそれだけだ。

和真は自分を奮い立たせるように言い聞かせ、人の輪の中に入っていった。

ほどなく由梨絵も戻り、居合わせた人々へ彼女を紹介する。

メンタルサポートスタッフであると紹介すると、なぜかみな自分の悩みを口にした。

それに丁寧に答える由梨絵を眺めながら、和真は落ち着きを取り戻していった。

会も終わりに近づき、高辻にこの先もご一緒にと誘われたが、その気はさらさらない。

和真を囲む人々へ挨拶をして、帰るために由梨絵の姿を探すと、大学の先輩の千葉と話の最中だった。



「まだ話したりないな。ここの上のラウンジに行こうか」 



由梨絵を誘う千葉の声に、和真の心がざわついた。

次の瞬間、「ゆう」 と呼んでいた。

振り向いた由梨絵の顔へ、また 「ゆう」 と呼びかけた。

和真の元へ戻ってきた由梨絵の腰を引き寄せ、千葉へ 「失礼」 とひとこと言い放つ。

玄関までお送りいたしますという高辻の申し出を固辞し、和真は由梨絵を押し込むようにしてタクシーに乗り込んだ。

どちらまでと運転手に聞かれて、常宿のホテルの名を告げた。

ホテルまでの数分間、車内は無言だった。

「着きました」 と運転手に言われても、由梨絵を誘う言葉に迷う和真は動かない。

車を降りようとしない和真を促したのは由梨絵だった。



「どうしたの? 行きましょう」



ドアボーイが開けるドアへ先に向かったのも由梨絵だった。

そのあとを和真が追いかける。

エレベーターに乗って繋がれた手は、部屋に着くまではずされることはなかった。

ドアを開けたと同時に部屋の灯りがついた。



「広いわね」



感心したようにつぶやく由梨絵を、和真は腕の中に閉じ込めて、「帰るなんて言うなよ」 とささやいた。

あでやかにほほ笑む由梨絵に、ゆっくりと顔を近づける。

由梨絵を唇をふさぎながら、今朝見た紫陽花が頭をよぎった、と同時にあの時の妄想がよみがえった。

腕の中で乱れる顔は、ゾクゾクするほど美しいに違いない。

和真は待ちきれない思いで、ワンピースの裾に手を伸ばしてたくし上げた。


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