【社内公認】疑似夫婦-私たち(今のところはまだ)やましくありません!-
「ん……何が……」

「昨日の奈都が」

 ナチュラルに私の名前を呼ぶ。会社で〝なっちゃん〟と呼んでくるのに、ここぞとばかりに下の名前で。私はそうやって呼ばれることに未だ慣れず、口をむずむずと変な形に結ぶ。こそばゆくてかなわない。

「ほんと可愛かったなぁ……控えめな声とか、触ったときの反応とか」

「……そう?」

「うん、最高だった」

 なんら普通の恋人同士の朝の睦言。昨晩の出来事を反芻し、うっとりした心持ちでまったり寛ぐ幸せな時間。これが漫画だったなら、〝ああこの二人は前の晩にシたんだな……〟と説明不要で認識されるワンシーンだ。

 極めつけに彼は、裸のままぎゅっと私の体を抱きしめてくる。
 ベッドから仄かに香っていただけの彼の香りが一層濃くなり、クラクラした。熱い体温に包まれて、耳元で彼が囁いてきたこと。

 それは。

「もう会社に行きたくない……このまま離したくないよ」

 噎せ返りそうなほど甘い声での誘惑。
 コンデンスミルク顔負けの甘ったるいセリフを浴びて、私は――。

「…………ぶふっ……」

 ――ちょっと噴き出してしまった。

 私が笑った瞬間に甘い雰囲気は完全に途切れ、頭上からは不機嫌な声が聞こえてくる。

「…………おいこら、奈都」

「ご、ごめっ……ふ、っく……くふふ……」

「謝りながら余計にウケてんじゃん。おいー」
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