梅雨前線通過中
梅雨曇り
 目が覚めたのは、灰色の雲の向こうで太陽が高く昇ってからだった。
 ベタつく寝汗と身体に残るアルコールをぬるいシャワーで流した美緒は、テーブルに放置したままだった携帯を手に取る。電源を入れると、未読のメッセージがたまっていた。

 6年2組。昨夜、恩師の定年退職と卒業二十年を記念して開かれた同窓会で、つくったばかりのグループだ。
 画面をスクロールさせ遡っていくと、どこかの庭先に広げられた、カナリアイエローの雨傘の写真が目に飛びこんできた。「かげ干し中」と入れられた文字は手書きらしく、線がガタガタ。そして――

『これ誰の?』

 持ち主を尋ねるフキダシが続く。
 そのあとには『私のじゃないよ〜』『知らない』というひと言や、首を傾げて『?』を浮かべるパンダなど、バラエティ豊かなイラストがずらずらと並んでいた。なかには、久々の再会の感動を何行にもわたって述べたのちに否定した長文も見受けられる。既読の数より返事か少ないのは、無言で答えを示しているのだろうか。

 二次会を抜ける間際にバタバタと交換したIDには、昔と変わらないフルネームもあれば、苗字だけ変化していたり、懐かしいあだ名がまだ使われているものもある。『トモくんママ』などという子どもの写真をアイコンにした登録名は、もはやだれだか検討もつかない。

 美緒は、件の写真の送り主を確認する。

『カナヤ』

 記憶を辿るのは一瞬だった。旅行土産とともに母親から転送されてきた同窓会の通知に、名を連ねていた幹事のひとりだ。
 丸く切り取られた柴犬のアイコンも手伝って、すぐに人懐こい笑顔が脳裏に浮かぶ。ただそれも、小学生の彼のもの。昨夜、挨拶くらいは交わしているはずの成人した彼の顔には、アルコールの霞がかかり思い出せない。
 
 美緒は少し迷ったすえ、携帯画面の上で指を滑らせる。

『すみません 私の傘です
取りに行けないのでお手数ですが捨てください』

 送信後、同級生に対する文章としてはやや固かったかと思い至り、お辞儀をしているクマを追加した。
 二次会の居酒屋に置き忘れてきたらしい。もともと酒は強くない。酔いが回った美緒の頭では、終電を口実に帰るころには必要がなくなっていた傘にまで気を配ることができなくなっていた。
 まだ十分に使えるが、家にはほかにも傘はある。いまの美緒には、たった数駅の距離が遠い。
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