梅雨前線通過中
『こんばんは』ウサギが笑う。

『お久しぶり
元気ですか?』

 義姉からだ。実兄より、彼女からのほうがよく連絡をもらう。美緒も『こんばんは』と送り返すと、すぐさま既読になった。

『今度の日曜日
こちらへ来られませんか?』

 美緒は壁のカレンダーを確認して、その日にちに思い当たる。姪の誕生日だ。
 画面上でぴょこぴょこ耳を動かすウサギをしばらく眺めたあとに、美緒は文字を打ちはじめた。

『その日は用事があって』

『ごめんなさい』とアニメのキャラに謝らせる。

『誕生日プレゼントな』

 全部を入力し終えないうちに画面が切り替わってしまった。
 同時に通話の着信音が狭い部屋に鳴り響く。

「……もしもし?」

『みおおばちゃん! どうしてダメなのっ!?」

 応答したとたんに甲高い声が、携帯のスピーカーを通して届けられた。

『こら! 夏帆、返しなさい。……もしもし、美緒ちゃん? 突然でごめんね』

「いえ。ご無沙汰しています」

『夏帆がね、春に入学祝いでもらったゲームをいっしょにしたいって言うからきいてみただけなの。気にしないで』

「お誕生日ですよね。ちょっと遅れちゃうけど、またプレゼントを宅配で……」

『なんで!? 遊ぼうよ! パンダのケーキだってあるんだよ!』

『ちょっと静かにして! 聞えないでしょう』 
 
 電話のむこうで繰り広げられる母娘の攻防に、美緒は苦笑する。

『美緒ちゃんは約束があるんだって。夏帆だって、お友達とした約束を破られたらイヤでしょう?』

『だって……』

 姪の頬がぷっくりとふくらんだのが、目に見えるようだ。

「お義姉(ねえ)さん。夏帆ちゃんと替わってもらえますか?」

『ちょっと待ってね。ほら、夏帆。美緒ちゃんがお話ししたいって』

 ガサガサと音がして、電話の持ち手が交代された。

「もしもし夏帆ちゃん? お誕生日おめでとう。プレゼント、何がいい?」

『スマホ!』

『ダメ!』

『なんで!? みきちゃんもけいちゃんも持ってるよ』

『うちはうち、よそはよそ』

『えー、つまんない。あたしもほしい』

『いりません』

 おそらくは、たびたび交わされている案件なのだろう。義姉の声には取り付く島もない。

『けち! ママなんてきらい!』
 
「夏帆ちゃん、夏帆ちゃん。携帯はもうちょっと大きくなってからにしよう?」

 携帯電話やインターネット環境がすでに生活の一部に溶けこんでいる美緒からすれば、姪の希望もわからないわけではない。しかし一方で、母親が渋る理由も十二分に理解できた。
 それに携帯電話は、端末を買い与えるだけではすまないのだ。
 美緒が、夏帆の声の向こうにいる不憫な義姉を援護する。

「毎日お友達と会って、お話ししたり遊んだりできるのって、学校に行っている間だけだよ。それなのに電話越しで話すなんて、もったいないじゃない」

 これで、小学一年生に納得しろと言っても無理だろう。
 しかし、父親も加わった反対の声に、夏帆はいったん退くことを決めたらしい。

『もう、わかったよ! じゃあね、電話じゃないみおちゃんと話したい』
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