偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~


 まさかこんなに早く、この場所に戻ってくるなんて思ってもみなかったな……。

 病院の裏口で立ち止まり、ぐるりと周囲を見渡した。退職してから一週間とちょっとしか経っていない。

 あの日はここに二度と来ないかもしれないと思っていたのに、川久保さんのことを含めて、こんなに何度も顔を出すことになるなんて。

 川久保さんのことも気になっていた。看護師長との話が終わったら、お見舞いに行ってみよう。

 そんなことを考えながら、通用口をくぐる。

 何人かの看護師はわたしに気がついて「あら」と声をかけてきた。適当に挨拶を交わしながら、電話で応接室まで来るようにと言われていたので、そのまま向かう。

 もう職員じゃないから、応接室なんだろうなぁ。

 ノックをするとすぐに中から返事があった。「失礼します」と声をかけ中に入った瞬間、思いもよらない人がいて驚いて目を剥いた。

「え、か、川久保さん!!」

 見るからに高級スーツを着た川久保さんが、長い足を持て余すように組んでソファに座っている。

「待ってましたよ、小沢那夕子さん」

 川久保さんはにっこりと微笑んで、教えていないわたしのフルネームを呼んだ。

「どうして……」

 扉を開けたまま突っ立っているわたしに、看護師長が中に入って川久保さんの前にあるソファに座るようにと促した。

「ごめんなさいね、急に呼び出してしまって」

「いえ」

 川久保さんの言葉に短く返事をしてとりあえず頭の中を整理する。彼がここにいるということは、看護師長がわたしを呼び出した理由は彼に頼まれたからだろう。

 しかし患者さんの家族と個人的なやりとりを、病院側である看護師長が勧めるなんてどういうことだろう。

 色々考えて思わず訝しげな視線を彼に向けてしまった。

 看護師長がそれに気がついたのか、いきさつの説明をはじめた。
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