偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
夫婦たるもの
【夫婦たるもの】

「けけ、結婚記念日って!?」

 思わず前のめりになったわたしだったけれど、目の前の川久保さんは優雅にワインを飲んでいた。

「あ、おいしい。よかった。大切な日にとっておきのワインがあって。せめてこれくらいしないとさみしいよね」

 目を白黒させているわたしなどお構いなしに、ワインの感想を述べている。

「いや、ちょっと無視しないでください」

「ん? 君も飲んで、那夕子」

 にっこりと笑顔を浮かべた彼に、わたしは声をひっくり返した。

「な、那夕子!?」

 突然、名前を呼び捨てにされて思わず声を上げる。さっきからいちいち驚かされるような発言ばかりだ。それにいつの間にか、それまで敬語を使っていたのに、ずいぶん砕けた話し方になっている。

「そう、夫婦なんだからあたまりえじゃないか」

「そうは言っても、川久保さ――」

 話をしているわたしの唇に、彼の人差し指が優しく添えられる。

 いきなりのことに驚いて目を見開いたわたしに、彼はにっこりと微笑んだ。

 それは面白がっているような、いたずらめいているような、そんな表情で。大人な彼の意外な雰囲気に気がついて、胸がドクンと大きく鳴った。

「尊だ。君の夫の名は、川久保尊。ほら、呼んでみて」

 優しく小さな子に教えるような言い方。

 そのせいかなぜだか素直に彼の言葉をきいてしまう。
< 63 / 209 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop