冷やし中華が始まる頃には
味のしない冷やし中華
冷やし中華が乗ったトレイをこぼさないようにしながら人混みをすり抜ける。
大学の食堂はただでさえ狭いのに、二限が終わった直後はちょっとしたパニック状態だ。

ずっと暑い日が続いていたが、やっと昨日から冷やし中華が始まった。
そのせいで麺のコーナーには長蛇の列ができていた。

門野ならは、教授に感謝した。
たまたま教授が早めに講義を切り上げてくれたおかげで、並ぶことなく冷やし中華を手に入れることができたからだ。

「ならちん、ならちん」

どこからか声がした。
同じ講義を受講していた里佳子の声である。
里佳子は弁当を持ってきていたから先に席を取っててくれたのだった。
すぐ近くの長テーブルの端に里佳子の姿を見つける。

「里佳子、ありがとう。よかった。」

ならはまず冷やし中華をテーブルの上に置き、リュックを椅子の背もたれに掛けた。

「冷やし中華、すごい人。」
「人気だねえ。」

冷やし中華に群がる人混みをやっと冷静に見る。

「あ。」

里佳子が声を漏らした。
そして、ほぼ同じタイミングでならも「あ。」と思った。
雷様だ。

「雷様じゃん。あそこにいるの。」

里佳子が指した先には、派手なゆるめのニットを着て、もじゃもじゃ頭の雷様がいた。

「かっこいい…。」

ならが思わず声にする。

「好きだねえ。私はやっぱり苦手ー。」

里佳子が笑いながら言う。
雷様は、ならが大学入学してすぐに一目惚れした相手だった。
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