冷やし中華が始まる頃には
ある日、ひだまりの廊下で笹崎とバッチリ目が合った。

ならは、いつか言わないと、と思っていたことがあった。

笹崎が通り過ぎようとした時、ならが勇気を出して口を開く。

「笹崎っ」

笹崎が少し驚いたように振り向く。

「・・・さん・・・」

ならは付け足す。

笹崎がクシャッとした笑顔になる。

「なんだよ、その『さん』」
「いや、一応バイトだし。」
「なに?なんかあった?」
「うん、おめでとう。」

ならの一言に笹崎が「ああ」と答える。

「教採受かったって、菅原さんから聞いてた。」
「それか。」

笹崎が頭を掻きながら、「ありがとー」と言ってまたその場を去ろうとする。

「あとっ・・・」

ならはまた笹崎を呼び止めた。

笹崎がゆっくり振り向く。

「私、今、峯岸さんと付き合ってる。」

そう言うと、笹崎が笑いながらならの方を向く。

「それだよ、俺が聞きたかったやつ。」
「えっ。」
「俺、青空マルシェで門野さんの姿見たときからずーっと失恋気分だったけど、なんか今スッキリしたわ。」

ならは気まずそうな顔になるが、反対に笹崎は笑顔だ。

「俺ん中で、教採受かったらちゃんとまた言おうって思ってたんだけど、その間に奪われたなー。」

笹崎は口調は悔しそうなものの、表情はすごく晴れ晴れとしていた。

「まあ、笹崎の兄ちゃんはすげーいい人だから納得の結果だわ。」

「俺もいい人なんだけどね。」と笑いながら付け足すと、ならは「うん。」とだけ言った。

「言ってくれてありがと。」

そう言うと、笹崎はならの頭をクシャクシャに撫でる。

「峯岸の兄ちゃんに幸せにしてもらってくれ。」

笹崎はそう言ってふわっと手を頭から離すと、階段の方へ向かっていった。

ごめん。

ならは笹崎の後ろ姿に申し訳なさでいっぱいになる。

全然笹崎と向き合えなかったな。

すれ違い続けた数ヶ月間を想った。


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