さよなら、センセイ
15.二人の距離
その夜。

慶長大学のキャンパスから徒歩5分。駅前のマンションの一室。

新品の家具。そのかたわらにはダンボールの山。
ヒロはそのダンボールを一つずつ開けながら、新しい家具へと収めていた。


「ただいま。遅くなって、ごめんね。
わ、だいぶ片付いてる」

そこへ現れたのは、恵だ。


ここは、ヒロが新生活を始める部屋。
恵は、今まで住んでいたマンションを引き払い、実家に戻るまでのわずかな時間をヒロと過ごすことにした。

「おかえり。お疲れ様、メグ。
待ってたよ」

ヒロが満面の笑みで恵を迎える。
それが、ひどくうれしい。


「さ、こっち。来て」

テレビの前、小さなテーブルとその周りは綺麗に片付けが終わっている。

そのテーブルの上に、ヒロは一枚の書類を広げた。そして、自分の記入する欄をどんどん埋めていく。

「…メグ」

ヒロは記入を終えると、書類を恵の前に置き、ペンを渡した。


書類は、《婚姻届》


既にヒロの両親の署名もある。また、証人の欄には…


「これ、一条拓人さんと、鈴木純三さんって…ジュンさん?」


「そう。先輩とジュンは喜んでサインしてくれた。
先輩は、先越されたって苦笑いしてたけど」


恵は、ペンを手にしたまま、書類を見つめてつぶやく。


「ヒロ、後悔しない?」

「先のことは分からない。
でも今、メグと結婚出来なければ後悔する。
それは、間違いない」

あまりに力強く言い切るヒロに、恵は小さく笑う。

「じゃ、ヒロ。
一つ私からも書いて欲しい書類があるの」

そう言って恵がバックから書類を2枚取り出した。

「私、30歳まで待ってる。
でも、もし、それまでにあなたに良い人が出来てしまったら、これを使って欲しいの。

それと、あなたが私を忘れて30歳になっても迎えに来なかった時は、私がこれを提出するわ」

恵が取り出したのは、2枚の《離婚届》。

「タイムリミット付きか。
俺が他の女に気をとられるわけないだろ。
信じてないの?」

「勿論、信じてる。

だけど、時間って意外と残酷なものだから。
使わないに越したことはないわ。
使うことは無くても、持っているだけで、たとえあなたにどんな気持ちの変化が起きても対応できると思えば安心だから。

ね、ヒロ、お願い」


「…そこまで言うなら、わかったよ。
俺は使わないけど、でも、メグだって何があるか分からないもんな。
タイムリミットがあった方が俺もやり甲斐があるよ。
30歳迄に迎えに行かなきゃ、離婚。
オッケー、良いプレッシャーだな。
面白い」


ヒロは離婚届にもサインした。その隣で、恵も婚姻届と離婚届にサインする。



< 129 / 170 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop