さよなら、センセイ
9.嘘

車中の二人に会話は無かった。
話のキッカケがつかめないまま、車は恵のマンションに到着してしまう。

「今日は送ってくださって、ありがとうございました」

「いえ…

あ、若月先生。申し訳ありませんがお手洗いを貸して頂けませんか?」

「え?あぁ、どうぞ」

それが部屋に上り込む口実だとは思いもしない恵は、山中を部屋に通した。


「すみません、散らかってますけど…トイレはその扉です」

山中が、トイレに入っている隙に恵は慌てて部屋を片付け、とりあえず、お茶を淹れる。

「ありがとうございました。助かりました」

「こちらこそ送っていただき、ありがとうございました。
よろしければお茶、召し上がって下さい」


山中は落ち着きなくキョロキョロしながら、座る。

どことなく、男の存在をはらんだ部屋。
写真が飾ってあるとか、男物の服があるとか、そういう具体的なものはないのだが、男の存在が匂う。



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