いつかの話
拗ねた横顔を覚えている。

泣き虫のくせに、うつむいて我慢する肩が震えていたのを覚えている。


会うたび天気の話をする奴だった。


『暑いねー』


そうして、ちらりとこちらを見上げる。


『分かった分かった、なんかおごってやるからどっか入ろう。一杯だけな』

『わーいありがと。じゃあ私あそこがいいな』


「暑いね」とか「寒いね」とか言って、決まって俺に飲み物をおごらせようとするので、結局お互いにおごり合うのが常で。


わざとだって分かってるし、めちゃくちゃ狙ってるって分かってるし、もはや聞き慣れた導入だったけど、俺はあいつのそういうところに弱かった。


隣を歩くときは左に並ぶから、俺を見上げる右目のきらめきばかり見ていた気がする。


前髪はいつも右に流していた。

利き手で頑張ってやると左は綺麗になるのに、右の眉毛はどうしても綺麗に整わないんだとかで、決して右以外に流そうとしなかった。


『そんなん別に変わんねえだろ』

『変わるよ。全然違うでしょ。見る目がないと思う』

『おまえなあ』


……見る目はあっただろ。


ちょっと間抜けで不器用でアホだけど、おまえはいい奴だから。
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