勇太くんしか愛せない
明け方。
ベッドの中で目を覚ますと、そこにあるはずの温もりが消えていた。

「勇太……くん?」

こんなとき、一瞬ものすごく不安になる。
でも一瞬だけだ。
こういうときは大抵の場合、勇太くんが先に仕事に出てしまったということ。

俳優であり、モデルであり、バラエティ番組も大得意で、下手なお笑い芸人より面白いと巷で話題の勇太くん。
そのルックスと人の善さで、好感度もばっちり。
子どもにも人気があるので、子ども向け番組で、いわゆる”体操のお兄さん”的な仕事もしている。

そんなスーパーマルチタレントが、私の旦那様。
信じられないことだが、これが現実。
勇太くんは多忙を極めているし、朝は早く夜は遅い。
そうだというのに、私と一緒にいるときの勇太くんはいつも可愛くてかっこよくて、完璧なダーリンだ。

まあ、勇太くんが嫁の私に対しても気を遣いまくりなことも、本音を隠しがちなことも知っている。
知っているからこそ、いつも少しだけさみしい。
さみしいけど、そういう優しくて強い勇太くんのことは嫌いじゃないし、むしろ好き。
そういうところも、好きなのだ。

私はすぐに弱音を吐いてしまうし、勇太くんはそんな私の話をただ黙って聞いてくれる。
「うん、うん」とだけ言って頭を撫でてくれる。
私が最後まで話し終わると、「よく話してくれたね」とだけ言ってぎゅーっと抱きしめてくれる。
旦那様として、デキすぎているなと私は思う。

あまりに素直にただただ私の話を聞いてくれるので逆に不安になって、
「どうしてアドバイスしようとしたりしないの!?」と絶叫してしまったことがある。
そんなときに勇太くんは、「そんなの、本当は欲しがってないでしょ」と口の端を上げるのだった。
完全に見透かされているということだ。
完敗だ。

反対に勇太くんは、あまり愚痴を言ったり弱音を吐いたりすることもない。
「なんでなの?」と聞いたことがあるけど、「なんでだろう」と逆に不思議そうな顔で返されてしまった。
そういうところが、周りの人から愛される所以なのかもしれない。
勇太くんは共演者キラーなのだ。
それは性別、年齢関係なく。

寝室の天井を見つめながら、勇太くんに「いってらっしゃい」も言えなかったななどと考えている。
勇太くんがベッドから出たことも気が付かずに眠り続けてしまった自分が憎らしい。

今日はフラワーアレンジメントの教室の仕事も、近くの喫茶店でのバイトのシフトも入っていない、完全オフの日なのだ。
こういう日だからこそ、勇太くんを笑って送り出したかったというのに。

なんとなく目が冴えてしまい、二度寝できなくなった私は、ベッドのサイドテーブルでケーブルに繋がれているスマートフォンを手に取った。
見るとメッセージアプリのアイコンに通知が入っている。

「勇太くんからかな、こんな時間だし」

そんな私の予感は的中した。
遅くなるから、先に寝ていて良いよという内容だった。

ますますお見送りしたかったな、いってらっしゃいのチューとかしたかったな。
さっきから既読をつけながら、しばらく何も返せずにいる私。

すると、トークルームにスッとメッセージが飛び込んできた。

「!?」

ごちそうさま、と一言。そして私の寝顔の写真。
いつの間に撮られたんだろうか。
そして、そこに映った私のネイルの色と剝げ具合、パジャマも今着ているものと同じなので、おそらく今日撮られた写真なのだろう。
薄暗くてぼんやりしているのが不幸中の幸いとでも言っておこうか。
何がごちそうさまなの?と問うと、

「いってらっしゃいのチュー」

と返ってきた。

いや、確かに私、したかったとは言いましたけど。
まさか私が寝ているうちにしてしまっていたなんて。

というか私の寝顔、大丈夫だったか!?ヨダレとか、色々と…
一気に不安になるのと同時に、勇太くんに会いたい気持ちでいっぱいになる。

わざわざ寝ている私とキスしてから出ていくなんて。
同じことをお互い考えていたことに嬉しくなって、私はスマホをしばらく抱きしめているのであった。

なんだか幸せな気持ちになったら、完全に二度寝に成功してしまって、起きたのは午後。
勇太くんごめんなさい。だらしがない嫁で本当に申し訳ない。

いつも家事は半分半分くらいで担当しているけど。
今日はオフなので私がたくさん担当したいって思っていたのに。

これからでも、勇太くんが帰ってくるまでは時間あるよね。大丈夫だよね。
勇太くんを想いながらする家事は、意外と嫌いじゃないんです。
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