寂しさは他で埋めるから
00.刈谷
刈谷駅前は相変わらずだった。

私が三河地方に住んでいた頃、JRの窓からはヘルスの看板が何枚も見えたし、刈谷駅から乗って来るサラリーマン達は皆、ヘルスの嬢のサービスについて声高に話していた。

夜の10時とか11時とか。車両の中はいつも酒臭くって、フラつく上司を支える部下たちも顔を真っ赤にしながら結構なタメ口をきいていた。

金山から豊橋までずっと窓際の席に座りながら、私は極力彼らの下世話な話が耳に入って来ないようにと大きめのヘッドホンで耳を塞いでいた。
けれど疲れている中大音量で音楽を聴く気にもなれなくって、元カレが機嫌のいい時に口ずさんでいたバンプの『title of mine』を再生しながら固く目を瞑っていた。

あの頃はとかくすべてのことに耐えていた。誰に強要されたわけでもなく責められたわけでもないはずなのに、世界中から虐げられている程の生き辛さを小さなことでも感じていたのだ。

刈谷、とアナウンスが流れると私は目を開く。
幸い隣りは誰も座っていなかったから、スムーズに下車することができた。
ホームに散らかされた吐瀉物を避けてエスカレーターで改札口へと向かう。

「金払ってるのにデブス出すなんてなめてるだろ」
「だから、指名料をケチるのがいけないんだよ。ウエストが55より数字大きい女はみんなデブってこと」
「デブなんて雇うなよ。あいつら金もらってるって自覚が足りないんだよ。どうせ食ってばっかで痩せる努力もしていないんだろ」
刈谷駅北口を抜ける時、恐らく駅前の有名店を使ったのであろうサラリーマンたちがバカみたいなボリュームでそんな話をしていた。
風俗帰りっていうことを少しは恥じてくれればいいのに。

刈谷駅前は相変わらずだった。
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