夢見社
 睡眠という絶対で重要な時間に、人工的に夢を見させる技術が確立してから十数年が経過した。夢見のビジネス化は瞬く間に行われ、利用者も順調に増加している。利用者は専用の受信機とヘッドセットを購入、またはレンタルして夢見会社と契約をする。そうするとその会社から自宅の受信機に数チャンネルの夢が毎夜送られてくる仕組みだ。番組表を見て好きなチャンネルに合わせてから就寝すれば、最適な眠りのタイミングでヘッドセットから微弱な電波が流れ、数秒から数分の夢を見られる。チャンネルの数はどの会社もひとつから五つほどと少ないが、映像を夢見用の電波に変換する技術が更に発展すればいずれは膨大な数のチャンネルから見たい夢を選べる時代がくるだろう。
 しかし、三チャンネルしかない今からこの有様では我が社の未来はあまり明るくないなと桂木は心の中で皮肉った。
数日前から電波の状況が悪く、夢見に関するクレーム電話が絶えない。しかも奇妙なことに、同じ男が夢の中に現れるという。鼻が高く痩せっぽちで、眉の下がった男の姿が。
 夢見室に入った桂木に、部屋の中で業務に当たっていた数人の職員が挨拶をする。それに応えながら部屋の奥にある大きな機械の近くまで歩いていき、モニターの確認をしていた職員の一人に話しかけた。

「お疲れ。状況を教えてもらえるか?」
「お疲れ様です。我々の使用する回線に近い周波数の不安定な電気信号を発見することができました。本日の午後から十一回接触を試みて、四回成功しています。接触時間も徐々に長く」
「よくやってくれた。ヘッドセットを貸してくれ」

 言いながら桂木は部屋の中央に並ぶ三つのベッドの内のひとつに腰掛けた。大きめのヘッドフォンのような機械を持った部下が桂木に近付きそれを手渡す。渡されたヘッドセットを手早く装着し、ベッドに横になった。仰向けのまま指示を出す。

「周波数を合わせてくれ」
「はい」

 機械を弄る小さな音が無機質な部屋に響く。桂木はゆっくりと瞼を閉じた。視界が暗闇の中に放り込まれる。やがて機械音は聞こえなくなり、ヘッドセットが作動したのだと分かった。ここはもう人工的な夢の中だ。異常の元を見つけないと。
 辺りを見まわした。何も見えない。瞼の裏の暗闇が続いているだけだ。何か変化が起こらないかとしばらく様子を窺うが、何も現れない。諦めて失敗の合図を送ろうかとしたところで、目の端で何かが動いた気がした。体を動かしてその何かに近付いてみる(と言っても夢なので実際に体を動かしているわけではないが)。それは残像のようにぼやけていてはっきりとしない。手を伸ばして触れられそうなくらい近付いたところで桂木は足を止めた。真正面から見てみても、その輪郭は曖昧なままだった。きっと周波数が完全には合っていないのだろう。とりあえず人の形をしていることは分かる。痩せていて背が高いところから男性であることが予想される。考えるまでもなく彼こそが最近わが社の夢の中に無断で入り込んでいる犯人だろう。愉快犯か、はたまたライバル会社による営業妨害か。しかしそれなら我々がここまで近付くことを許すだろうか? 我々が対処を始めていることに気が付いていないのか。まあどちらにしても私達にとっては害でしかない。桂木は改めて目の前の人影を見つめた。こちらの存在に気付いているのか。曇りガラスを一枚隔てているような姿では表情を見ることさえもできない。桂木はこの上なく慎重に口を開いた。
< 2 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop