強引上司に絆されました
「お疲れ」
「お疲れ様です」

冷えたビールが、喉を心地よく滑り落ちて行く。
課長はメニューを渡してくれ、

「何でも好きな物、頼んで良いよ」

と、言ってくれた。
どれもスタンダードだけど、手間がかかる料理で目移りする。

悩んでるうちに、琴子さんがオススメの一品を運んで来てくれた。

「今日は、上物のハモが手に入ったの。穂花ちゃんラッキーね。滅多に出さないのよ」

キレイな炙りの入った、白焼きが置かれる。
確かにハモなんて、食べたことない。
旅番組とかで良く目にはするが、関東の一般家庭の食卓にはなかなか登らないからだ。

「好みで、ワサビか柚子胡椒を少しだけ載せて食べるんだ」

「美味しっ」

柚子胡椒を載せて、口に入れたら直ぐに身が解け、柚子胡椒の塩気と風味で無限ループにハマりそう。
さっぱりしてるのに、ハモの存在感がちゃんとある。

「姉さん、冷酒頼めるか?」

「はい、はい。用意するわ」

「この白焼きは、冷酒に合うんだ」

課長の顔が綻んでる。
会社では見せない、プライベートな笑顔なんだろうな。

笑顔の質っていうのか、雰囲気が凄く柔らかく感じる。

「珍しいですね、課長のお誘い」

「いつも頑張ってる部下に、メシ位はな」

「へっ?」

「まあ、佐藤は文房具愛が強いし、マーケティング力もある。半分は勘に頼ってる所もあるようだか・・・外しも少ない。納期はキッチリしてるし、プレゼン力もある。結構高く買ってるんだよ」

何か、めちゃくちゃ褒められてる。
ホントにこの人は、何処まで見てるのだろうか。
嬉しいけど・・・。

「ありがとうございます?」

「何で、疑問形なんだ?」

「えっ、何となく・・・」

「やばい、お前カワイイな」

「はっ?」

「耳、紅い」

右耳に髪をかけて、出してるから?
慌てて耳に手をあてる。

「穂花ちゃんがカワイイからって、苛めないのよ吏君」

琴子さんが冷酒を持ってきた。冷酒グラスが二つだったので、慌てて注文する。

「済みません、私アルコール強くないので烏龍茶貰えませんか?」

「あら、それならアイス緑茶でいいかしら。烏龍茶より胃に優しいから」

「はい。それでお願いします」

「待っててね、直ぐに持ってくるから」

手酌で冷酒を注ごうとする課長を制止、お酌をする。
何種類か料理を堪能して、お腹も満たされてすんごく得した気分。

「何かイイな、こういうの・・・俺がここに来るのは大抵が一人でメシ食うか、裕一と来るだけだから」

あまりにも課長の雰囲気が寛いで居るので、調子に乗ってしまったのかもしれない。

「彼女とか、連れてこないんですか?」

そんな事を、聞いてしまった。
後で後悔することになるとは、考えもしないで・・・。

「・・・今は、いないしな。連れて来ようがない」

「課長ならモテるでしょうに・・・」

「そういう佐藤は男、いないのか?金曜に残業して、上司に付き合って・・・」

「私は、モテませんから」

「まあ、心当たりは無いわけじゃないがな」

「どう言う意味ですか?」

「穂花ちゃん、どうぞ・・・って。タイミング間違えたわね。ごゆっくり」

ああ、待って待って、行かないで琴子さん!
こんな雰囲気で、置いてかないで。
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