彼女を10日でオトします
 それ以上の言葉は、出てこなかった。
 喉の中に渦が出来て、這い上がろうとする声を胸の中に引きずり込む。

 外へ出られない言葉に胸がパンパンになる。苦しくて、涙が込み上げてきた。
 顔が熱い。頭が熱い。
 窒息してしまいそう。

「あーあ。俺ってバカだあ」

 聞こえてきたのは、気の抜けたたすくさんの声だった。

「ありきたりの言葉しかみつかんねえよ。
『キョンは悪くない』とか『自分を責めるな』とか、さ。
だから、なーんも言わないことにする」

 たすくさんは、真剣な瞳のまま、口角をきゅっと引き上げた。

 胸にちくりと痛みが走る。
 破裂してしまいそうな胸に、ちょんと針を刺された気がした。
 その小さな小さな穴から、外に漏れ出す嗚咽は、たぶん、十年分の不幸だ。

 地に足がつかない開放感に、恐怖が足音を殺して近づいてくる。

「幸せになりたくない!!
幸せであれば、不幸になるもの!!
不幸でいれば、不幸を感じないわ!!」

 自分の声に驚いた。
 耳に届いた自分の声は、紛れも無く叫びだった。

「キョン、不幸ってなあに?」

 落ち着いた、ゆったりと暖かさを挟み込んだような声が、私の頭に沈んでいく。

 頭の中でこだまするたすくさんの声の後ろで、小さく聞こえる音。

 水しぶき。空気を混ぜた白い水の粒が激しくぶつかり合う。

「夢を見るの……とても怖い夢……」
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